たとえ9回生まれ変わっても


授業のあと、わたしは廊下に出て、黒岩先生を呼び止めた。

「先生」

黒岩先生が不機嫌そうに振り向く。

「原稿はできたのか? やけに時間がかかってるじゃないか」

「そのことなんですけど……」

わたしは言った。

「スピーチコンテスト、やっぱり、わたしにはできません」

「あぁ? なんだって?」

黒岩先生は顔をしかめた。

「せっかく俺が指名してやったのに、断るっていうのか」

「わたしより、向いている人はいると思います」

わたしは目を逸らさずに言った。

中学のころから、英語だけは人一倍頑張って勉強してきた。

目が青いから。できないと見掛け倒しだから。恥ずかしい思いをするから。

そうやってバカにされたくなくて。

だけど勉強しても、うまく話せるようにはならなかった。

頭では理解はできるのに、自信のなさや不安が先回りして、いざ話そうとすると、言葉が思うように出てこなかった。

ずっと青い目が嫌だった。

どうしてわたしだけほかの人と違うんだろう。

お父さんともお母さんとも違う。
学校の誰とも違う。
わたしだけが仲間外れ。

だけど、違った。

わたしはおばあちゃんの孫なんだ。

遠く離れていても、ちゃんと繋がっているんだ。

そう思ったら、青い目が、前より嫌じゃなくなった。

「ふん。そうか」

黒岩先生はばつが悪そうに顔を背けて、去って行った。

言えたよ、わたし。

自分の言いたいことを、ちゃんと。
嫌なことは、嫌だって。

「森川さんっ!」

井上さんと吉田さんが、わたしの両手を取って笑う。

「やるじゃん」

井上さんがにっと笑う。

「見た? 黒岩の気まずそうな顔。森川さんが断ると思ってなかったよね、絶対」

「あーいう地味な嫌がらせするやつって、気が小さいんだよね」

「ほんとだよ。やり方が陰湿すぎるんだよっ!」

べー、と舌をだす吉田さんがおかしくて、わたしはあはは、と思わず笑ってしまった。

「森川さん、なんか明るくなった?」

「うんうん、今日いつもより5割増しでかわいい!」

「変わらないよ」

わたしは少し照れ臭くなって言う。

ただ、前よりほんの少し、自信が持てただけ。

だけどそれだけで、人は前に進む勇気をもらえるのかもしれない。



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