ずっと探していた人は
「俺、ポジション争いで負けたんだ。高校に入学してから、ずっと競ってきたライバルに」

アイスの箱を見つめたまま、大橋くんは言った。

「ライバルがいることは良いことだって、俺、わかってる。ライバルがいない環境なんて、自分のためにならないっていうことも、わかってる。けど……」

大橋くんは、大きく吸い込んだ息と一緒に、続きの言葉を吐き出した。

「俺、あいつより、絶対いっぱい練習して来た。その自信はあったんだ。いつも絶対に、あいつよりも少しでも多く、練習してきた。そうしないと、あいつとのレギュラー争いには勝てないって、わかっていたから……。それなのに、あいつよりもいっぱい練習してきたのに……報われなかった……」

言葉の最後に少し涙が混じる。

「大橋くん…………」

良い言葉が思い浮かばない。

何て声をかけてあげたら、大橋くんの苦しみは少しでも和らぐかな。

大丈夫だよ、そんなこともあるよ、どんな言葉も薄っぺらい言葉だと今は思ってしまう。

「あいつは、才能があるんだ……。俺とは比べられないぐらいの才能を持っている。球、すごく速いし。けれど、だからこそ、才能の差は練習で補おうと思って、いっぱい練習してきたのにー……」

“努力は才能に、かなわない”

涙を流しながら、ぽつりと吐き出されたこの一言に、大橋くんの苦しみすべてが詰まっている気がした。

「ご、ごめん……俺、泣いたりして」

きっと意志とは関係なく流れ出たのだろう。

大橋くんは急いで、制服のワイシャツで涙をぬぐった。

「ううん、いいよ」

私は自分の席においてあるティッシュを取りに行って渡す。

「全部使っていいから」

まだ涙を流している大橋くんを、そっと見る。

きっと、野球が大好きなんだろうな。
野球にすべてをかけているから、きっと涙を流せるんだ。
誰かに負けて、誰かの才能に打ちのめされて、泣いてしまう物事なんて、私には1つもない。

そう思うと、なんだか少し、大橋くんがうらやましく感じた。



< 33 / 155 >

この作品をシェア

pagetop