ずっと探していた人は
どれぐらいの時間が経ったんだろう。明るかった空が、オレンジ色に変化した頃に、大橋くんの涙はおさまった。

「大丈夫?」

空になったティッシュの箱を軽く揺らしながら聞くと、大橋くんは笑った。

「ごめん、俺泣いたりして……」

大橋くんが、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてうつむく。

「ううん」

「けどね」

“何か解決したわけじゃないけれど、すっきりした。”

顔をあげた大橋くんは、さっきよりもずっと生き生きした表情だった。

「誰かに聞いてもらうと楽になる、ていうけれど、本当なんだね」

鼻をティッシュでふきながら、また大橋くんは笑う。

「何も言ってあげられなくて、ごめんね」

大橋くんが使ったティッシュを捨てようと、教室のごみ箱を取りに行く。

大橋くんにとっての野球と同じほど、今の私には大切なものなんて見つからなくて。

何も声をかけてあげられなかった。

心を軽くしてあげる言葉も、励ましてあげる言葉も、私の中にはなかった。

もう一度、「ごめんね」といった私に、ふるふると首を横に振る大橋くんに、そっと伝える。

「私は野球をしていないし、涙を流せるほど真剣に取り組んでいることなんてないから……、だから、正直、大橋くんの気持ちとか努力とか、きっとわかってあげられない」

「え?」

大橋くんが、顔をあげる。

「けれど」

ふっと息を吐く。

「ちゃんと、見ているし、知っているから。大橋くんが、頑張っていること」

ゴミ箱を席まで運びながら言う。

「私だけじゃない、由夢も徹も中川くんも、ちゃんと大橋くんのこと、見ているよ。最近元気ないよねって、みんな心配してた。だから、大橋くんは、1人じゃないよ」

ありふれたセリフかもしれない。

それでもきちんと、みんながちゃんと見ていることを、応援していることを、知っていてほしかった。

1人きりでポジション争いしているなんて、思ってほしくなかった。


「私はいつか、グラウンドの中心で、投げる大橋くんが、見たい」


大橋くんと視線を合わせながら、言い切る。

「徹と中川くんと大橋くん、3人全員が、一緒にグラウンドに立っている姿が見たい。ううん、3人でグラウンドにいるだけじゃない。3人でグラウンドにいて、そのグラウンドの真ん中に大橋くんが立っている姿が、見たいよ」

ポジション争いに敗れたばかりの大橋くんにとって、少し厳しい言葉だったかもしれない。偉そうに聞こえたかもしれない。

そんなことを承知の上で言った言葉に、大橋くんは、笑いながらゆっくりうなずいた。

「じゃあ、残りのアイス食べよっ!」

机の上に放置されたままのアイスを突き刺すと、さすがに柔らかくなっていて、冷たさも残っていなかった。

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