青に染まる
 春さん。いつからか呼び方が変わった人。

「かれこれ何年振りだろうね」
「十七年振りですよ。正確にいうと十七年と五ヶ月」

 そう。兄貴の同級生だったこの人と会うのは、兄貴があの事件に遭った年以来。故に十七年振りだ。

「あんまり細かいと、彼女できないぞ」
「余計なお世話です」

 また、他愛のないやりとりをする。

 十七年前は色々と世話になったりもしたので、ちゃんと覚えている。ほんわり漂う柔軟剤の匂いもあの頃から変わっていない。きっとあの頃から背丈も変わっていないのだろう。変わったのはおれの方。背が高くなって、あのときは見上げなきゃならなかった目線が同じ高さだ。

「大きくなったね」
「親みたいなこと言わないでください」
「刺々しいとこは変わってないか」
「悪かったですね」

 それで用件は? と続けたおれの声が、些かぶっきらぼうに響いたのは仕方のないことだろう。

「そうだった。これを頼むよ、クリーニング屋さん」

 そう言って春さんが差し出してきたのは、見覚えのある制服。兄貴の高校の女子生徒の制服だ。春さんが着ていた制服と似ている。

「へぇ、何故今これを?」

 おれが知らないこの人の十七年に、一体何があったのだろうか? ……想像はつく。たまにこういう依頼があるのだ。古い制服を引っ張り出して、進学する子どもへのお下がりにするということが。

 もう三十五にもなるのだから、子どもの一人や二人いてもおかしくないだろう。そう、当たり前のこと。だけれど、そんな当たり前の想像におれの胸はちくりと痛んだ。何故かはわからない。ただ、痛んだ。
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