青に染まる
 どれくらい泣き続けていたのだろうか。悔しさのぶつけどころもなく、おれはただただ服に染みを作るのみ。不意に、くぐもったノック音がする。

「哀音くん、仕事、出られそう?」

 叔母はおれのことはわかっているのだろう。けれど、仕事は仕事。そう割り切っている人だ。おれは少し黙して、それから答えた。

「顔洗ったら、出ます」

 さすがに涙の跡を客に見せるわけにはいかない。宣言の通り洗面所で顔を洗い、ぱしんと頬を叩いて気合いを入れる。兄貴のことは、後で考えるしかない。

 表に向かえば叔母がそっと背中を叩いてきた。小さな声で、「ご指名よ」と告げてきた。指名されるとは珍しい。叔母の名前でやっている店だから基本は叔母に依頼が来て、おれが叔母を手伝う形なのだが……。

 不審に思って客を見に行くと、そこには見知った顔があった。

「やあ、久しぶりだぁね」
「……春さん」
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