窓の中のラブストーリー
それからの彼女は、痛みに耐えながらも、彼の前では精一杯の笑顔を見せていたのだと思います。

お腹の子供のために、出来る治療は限られ、十分な痛み止めもできないのでありました。

誰もいない深夜の病室で、私は幾度となく彼女の苦しむ姿を映し、カーテンを引きたいと思う自分を情けなく思いました。

それは、まさに、我が子への母親としての愛の成せる力であったと思います。



ある日の午後のこと。

正月三が日を過ぎた頃から、あまり彼女の容体は良くはありませんでした。

しかしながら、その日の彼女は、いつになく明るかったのです。

彼に注文して買い揃えた、占いや命名法の本を脇に積み上げ、一枚の紙に大きく『ゆりな』と書きました。

『浩樹には悪いと思うけど、この子の名前は、ゆりなにしたいの。たくさん本も読んでみたけど、みんな好き勝手に違う結果が出てくるんだもの。いい加減よねぇ。で、詰まるところ、私の『ゆり』に『な』を付けてみただけなんだけど…。お願い。わがままきいて。』

もとより、彼女が命を賭けて考えた名前に、反対するつもりなど、彼にはこれっぽっちもなかったのであります。

『友理奈』という漢字であることも、彼女は説明してくれました。

彼女の腕や指はもうすっかり痩せこけてしまっており、痛々しい平仮名で、

『ゆりな』

と書くのが精一杯でありました。

その文字に何の講釈を付けることができましょうか。
彼女なりに、

「私も娘の中にいつまでも一緒にいるよ」

という気持ちを込めた名前であったのだと思います。
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