窓の中のラブストーリー
老人には、ずっと連れ添っている妻がおりました。

いつもベッドの隣に椅子を用意し、時々思いついた様に、その妻に話しかけていたのでございます。

その愛情に満ちた言葉や口調は、聞いてる者の心をも、優しい気持ちにさせてくれるものでございました。

看護師たちも、その光景に涙さえ浮かべ、検診の後には、必ずまたその椅子を側に出してあげるのでした。

妻はいつも黙って、老人の一言一言に、優しくうなづき返している様でございました。

老人を見舞いに来る人は、誰一人としておりませんでしたけれど、それで十分だったものと思います。


夜になり、面会時間が過ぎると、老人はよく私に、いえ、私に映ったもう一人の老人に話しておりました。

『私は家内に、何にも幸せな思いをさせてあげられなくてね。でも家内はいつも私の側にいてくれて、どんな時も幸せそうな目で、私を見ていてくれます。私はそれだけで、今でも大変幸せなんです。』

老人の話はいつも妻の話ばかりでした。

若い頃、二人でボートを漕いで沖に出すぎ、まる2日近く漂流した話などは、私のほうが詳しくなるくらい聞かされました。

それでも、妻との話を語る老人の、幸せそうな顔を見るのが、私は大好きだったのでございます。
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