たぶんもう愛せない
経理ソフトに伝票を次々と入力していく。
前回の今頃は仕事を辞めて、何も知らず弥生や海のために食事を作り、家を綺麗に保つために頑張っていた。

「山口さんいます?」
足音を高らかと立てて女がフロアに入ってくる。
その剣幕に周りの同僚も見て見ぬふりをしているが意識は完全に私に向かっていた。

「どういうことよ」

手元にある伝票を目玉クリップで留めると内容が見えないように裏返しながらゆっくりと声の主に向き合う。

「何がですか?」

「披露宴に欠席の知らせばかり届いて不思議に思っていたら」

石井由貴が興奮気味に話している途中に、引き出しからハガキを一枚取り出す。
そこには“ご出席”に二本線を引き“欠席”に○をつけた岸と石井由貴の招待状を石井由貴の目の前に突き出す。

「ごめんなさい、私も出席できそうもないの。石井さんとは面識もないのに招待状を“わざわざ”手渡ししてくださったのに」

石井由貴はハガキを引ったくるように取るとくしゃくしゃに丸めて足元のゴミ箱に投げ捨てた。

「わざとでしょ、嫌な女ね」
聞こえよがしに言っているが、所詮は私はこの会社の専務と結婚する。ここで石井さんを庇う人はいないだろう。前回の私は、ただただ岸に裏切られたことですぐに会社を辞めてしまったが、私だけが言いたい放題言われるのは割に合わない。

あの時、言いたかったことを全て吐き出してしまおう。
ここで私にどんな醜聞が広がろうと海に対して私は誠実である必要はないのだから。

それに、海だって私がこっぴどく岸に捨てられたことも知っているし。

反撃開始だ
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