sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜
どんなに落ち込んでいても、お菓子作りが私を救ってくれた。

誰に見せるわけでも、誰に見られるわけでもなかったけれど、厨房に入って一番最初にすることはコックコート(パティシエが着る白い服)に着替えることだった。

これで、スイッチがパチッと入る。

材料を並べてきっちりと計量し、基本に忠実に、改良を重ねたレシピ通りにお菓子を作る。
その最中は驚くほど集中しているからか、孤独や過去に支配されることも無かった。

生地をオーブンに入れ、タイマーをセットして一息つく。


「・・・ふぅ、美味しい」


自分のために買ったコーヒーマシーンで、コーヒーを入れて飲んだ。
焼き菓子には、やっぱり美味しいコーヒーが合うからだ。

焼きあがるまでの時間、明日以降の予定を見返していた。
思いの他注文が入っていて、当分休みが取れそうになかった。

ピピピピ・・・1個目のタイマーが鳴り、あと数分で焼き上がりの時間だと教えてくれる。
オーブンを除くと、いつもより仕上がりが早い気がした。


「なんだろう・・・温度調節が上手くいってないな。オーブンの調子が悪いのかな?」


オーブンを開けてフィナンシェの状態をいくつか確かめ、少し早めに焼きを切り上げた。

仕上がりに問題は無かったけれど、一度業者に見てもらった方が良さそうだ。
業者に電話しようとしたところで、介護施設の所長さんから電話が入った。


「二葉ちゃん?」

「はい。お茶会のお菓子ですよね。今日13時頃に伺いますね」


バチバチバチバチッ!!!


オーブンの方から、ものすごい音が聞こえた。


「きゃっ!!!」

「二葉ちゃん? 二葉ちゃんどうしたの?」

「ごめんなさい、オーブンのコンセントがショートしたみたいで・・・どうしよう・・・すみません、電話切りますね」


電話を切って、音がした方向を見てみると小さく火花が散っていた。
なんだか焦げ臭い気もする・・・。

まずい・・・コンセントを抜かなきゃ。


「あつっ!!」


火事になったらいけないと、急いでコンセントを抜こうと慌てたこともあって、コードを素手でさわってしまった。

ひとまずプラグが半分抜けた状態になったのを見て、靴で蹴り落とすような形でコンセントから外すことができた。


「痛っ・・・」


さっき素手でコードをさわってしまったことで、火傷したようだ。
左手が痛がゆい上に赤く腫れている。


「痛い・・・でもどうしよう」


明日からどうしたらいいんだろう・・・注文がいくつもあるのに。
オーブンがダメになってしまったことに呆然として、火傷した患部を冷やすことも忘れていた。

ガチャッ。
突然厨房のドアが開いて、現れたのは友哉さんだった。


「大丈夫か!?」


少しも大丈夫じゃなかった私は、誰かが来てくれてホッとしたこともあり、思わず友哉さんに抱き着いて泣いてしまった。


「大丈夫じゃない・・・です・・・でもどうしたらいいか・・・わからない・・・」


取り乱している私に驚きつつも、友哉さんは私の左手の異変に気付き、すぐに私を自分の身体から引き離した。


「バカ!! 早く手冷やせ! こっち来い!」


私をシンクに引っ張り、蛇口を最大まで開けた。


「痛い・・・」

「すぐ医者に行った方がいいな・・・立てるか?」


友哉さんが乗ってきた車で、私たちは最寄りの救急外来に向かった。
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