『お願いだから側にいて』~寂しいと言えない少女と孤独な救命医の出会い~
パンッ。
私の左頬から乾いた音がした。

キーン。
聞こえる耳鳴り。

いつの間に回り込んできたのか、私のことを見下ろす敬さんの鋭い視線。
一瞬何が起きたのかわからなくて、口を開けたまま立ち尽くした。

「もういい、やめろ」
絞り出すように言う敬さんの声は、怒っていると言うより寂しそう。

どうやら私は敬さんに叩かれたらしい。
そう理解するのに数秒かかった。

「真理愛、もういいから。少なくとも俺の前では無理するな。辛いときは辛いと言えばいいし、悲しい時には泣けばいい。頑張らなくてもいいんだよ」
言いながら、ギュッと私のことを包み込んでくれる。

想定外に強めの力で抱きしめられ、息苦しさに少しもがいてみたけれど、

「いいから、じっとしていろ」
敬さんの言葉で力を抜いた。

そう言えば、こんな風に誰かに抱きしめられた覚えがない。
パパやママと手を繋いだことや並んで歩いたことはあっても、誰かに守られたことはなかった。
記憶の中の私はいつもママの手を引いて歩いていたから。

「叩いてごめん」
「ううん」
悪いのは私だから。



どのくらい公園で過ごしたんだろうか。
敬さんの胸に顔を埋めてしばらくじっとしていた私は、伝わってくる温もりに心が落ち着き、敬さんから香るシャンプー匂いに緊張がほどけていった。


「今度こそ、送って行くよ」
「うん」

お互いに多くを語ることはなく、ただ車に乗り込んだ。
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