若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「牧村さんは?」

 聞かれて、待ってました!と内心ガッツポーズをしながらも落ち着いた風を装い答える。

「実はまだです。余ったものをもらおうかなと思って」

「じゃあ、ぜひ一緒に食べてください」

「いいんですか?」

「もちろん。大体、全部牧村さんが持ってきてくれたものですよ」

 いえいえ、全部響子さんのために持ってきたものです。自分もご一緒できたらとは目論んでいたけど。

「ありがとうございます」

 二人での初めての食事が嬉しくて顔が緩むのを抑えられずにいると、しばらくぼーっと何やら考え込んでいた様子の響子さんが、突然小声で、

「結婚詐欺だ!」

 と、さも得心したという顔でポンと手を打った。

「え?」

 ……結婚詐欺?
 あー、そう来るか。なるほど確かに、昨日から今朝までのやりようは結婚詐欺に通ずる物があるかも知れない。
 しまった。どうやって誤解を解こうかと思っていると、響子さんは

「わ、あ、ごめんなさい!」

 と実に慌てた様子で謝ってくれた。
 なるほど。さっきのは心の声がうっかり飛び出したものらしい。
 どう謝ろうかと視線を彷徨わせる仕草、慌てる様子の可愛いらしさに思わず笑みが漏れる。

「すみません。いえ、大丈夫ですよ。確かに怪しいですよね」

「……はい」

 そんなことはないとは言わない正直さまで可愛いくて仕方ない。
 そう。それに、必ずしも何でも無闇に信じる善良さが良いわけではない。確かにそれは貴重な資質だろうけど、自分で言うけど今の僕は間違いなく怪しい。これを疑わないようじゃ、響子さんが変なことに巻き込まれそうで心配だ。

「とにかく、食べてしまいましょうか。冷めると味が落ちるので」

 そう言うと、響子さんは探るように僕の目を見た。目を逸らさず笑い返すと、響子さんは諦めたようにお粥を食べ始めた。


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