若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
11.
「珍しい。響子先生、お弁当ですか?」

 医局で昼食を取っていると先輩医師の石橋先生が声をかけてきた。手にはビッグサイズのカップ麺。それをテーブルに置き、隣の席に座ってきた。
 平日はお互いに外来と午後の仕事の合間にかき込むように食べるから、ろくに会話をする時間もない。そもそも昼食時に会わない日も多い。だけど今日は外来のない日曜日だから、お互い時間にも心にも余裕がある。

「はい」

「美味しそうですね。響子先生の手作り?」

「まさか」

 三角おにぎり二個に美味しそうなおかずが幾つも詰め込まれた手作り弁当。
 こんなもの、自分で作れるはずがない。大体、私はおにぎりなんて握れない。仮にも外科医で手先は器用なのだけど、どうにも料理をしようとか覚えようとか思えない。

「だよね」

 そう笑う石橋先生は、私が天涯孤独の一人暮らしで彼氏もいない独り身、かつ料理を一切しないのをよーく知っている。なにせ、大学時代からの先輩だ。と言っても、三つ年上で学生時代には接点はほぼなく、大学病院で知り合った同門の先輩。
 明るくて、ちょっとお調子者で憎めないタイプ。でも、ここ数年、三十を超えた辺りから落ち着いてきた気がする。……私も来年には落ち着かなきゃダメなのだろうか? でも、私は元々浮かれてるというよりは枯れているタイプなので、きっと今のままで問題ないだろう。

「でも、じゃ誰が?」

「けっ……」

「け?」

 思わず言葉に詰まり、言い直す。

「……いえ、親切な人が」

 ヤッバ。うっかり結婚詐欺師の人がと言いそうになった。
 まだ何もされてないどころか、お世話になってばかりの相手に失礼だよね、さすがに。

「親切な人?」

 石橋先生は不思議そうに首を傾げるけど、それ以上説明はできない。
 今の自分にとっては、彼は『親切な人』としか言い様のない相手だから。
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