若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「お疲れ様」

 夕方六時過ぎ、今日の業務を終え、引き継ぎも終わらせて病院を出ると、そこには牧村さんがいた。

「え? なんで?」

 と私が驚いている横で、一緒に医局を出てきた高橋先生も

「え? ……誰?」

 と声を上げる。

「まだ体調が万全じゃないでしょう? お迎えに来ました」

「え、いや、元気ですよ?」

 手を差し出されたので、思わず、お弁当の入ったトートバッグを渡してしまう。
 お弁当だけじゃなく、温かいお茶まで入っていた。至れり尽くせりとはこのことだ。当然、お茶まで含めて空っぽだ。

「食べられました?」

「はい。ものすごく美味しかったです!」

 美味しかった記憶はあるのに、ほとんど味が思い出せないのが痛恨のミスです。とも言えず、美味しかった事実だけを述べる。
 そのまま、隣を歩いていた高橋先生に

「じゃ、また明日」

 と手を上げ、牧村さんと並んで歩き出す。
 駅に向かうべく敷地外への道を進むと、牧村さんはそっと私の腕に触れて病院の隣にある駐車場を指差した。

「車、第一駐車場に置いてきたんで」

「あれ? 車なんですか?」

「はい。今日は自分の車ですけど、安全運転しますね」

 牧村さんはにこっと笑う。つられて思わず笑い返す。
 じゃあ、と行き先を駐車場に変えて歩き出したところで、ついさっき別れたばかりの高橋先生が駆け寄ってきた。

「響子先生!」

「はい」

「えっと! 来週の予定は!?」

「は?」

「今日は無理って言ってましたが来週ならどうかなと!」

 それ、今必要?
 と思ったけど、高橋先生も予定をはっきりさせておきたいのだろう。じゃあ、と答えようとしたところで、牧村さんが口を挟む。

「すみません。先約があるので」

 と、にこりと笑って牧村さん自身を指差す。
 え、約束なんてしたっけ? と思ったけど、お世話になったお礼もしなきゃだ。じゃあ、来週お礼になにかご馳走させてもらおう。

「そんな訳なんで、高橋先生、またの機会に。お疲れ様でした」
 
 そう言うと、なぜか高橋先生はものすごくショックを受けた顔をしていた。
 そんなに飲みに行きたかった? 診療科は違うけど同期の男性医師とかいるし、そっちと行った方が気楽でしょうに。

「お疲れ様、でした」

 高橋先生はやけに意気消沈。声が暗い。
 隣の牧村さんは嬉しそうに私に笑いかけたと思ったら、高橋先生に向かって、

「では失礼します」

 とにこやかに会釈した。
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