高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


〝上条さんと食事してきたよ。詳細は会ったときに話すね〟

あの日、桃ちゃんと上条さんに何かしら進展があったのか。
知りたいのに聞きたくなくて、落ち込んだ気分を何日も引きずって過ごしていた時、見かねたのか後藤から飲みに誘われた。

「仕方ねぇな。俺がご馳走してやるよ」と笑った後藤が私の頭をガシガシ撫でたのは社内で、しかも私のデスクだった。

なんとなく水出さんを視線で探すと、彼女は無表情でこちらを見ていて、すぐに目を逸らした。

その頬がやや赤く染まっている気がしたのは、私の勘違いではないように思え、後藤を見上げる。

後藤の吹けば飛ぶような貞操観念は、本人が隠さないこともあり社内全体が知っている周知の事実。当然、水出さんの耳にだって入っているはず。

……でも、恋愛感情がそんなに簡単じゃないことは私も知っていた。
まさか、本当に後藤が好きなんだろうか。

「この間の焼き鳥屋でいいか。うまかったし」
「ああ、うん」
「聞くだけ聞いてやるから、それまで頑張れよ」

後藤が部長を視線で示しながら言うので、苦笑いでうなずく。

私の中で、誰かに話を聞いてもらうという行為は相当なストレス発散となるのは知っていた。

だから、もしかしたら大学の頃も、こんなふうに打ち明けられる相手がいて相談できたなら、ここまでトラウマにはならなかったのかもしれないなとふと思った。

それと同時にざらりとした違和感が心に残り、なんだか気持ち悪さを感じた。





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