高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―
「予定がないならいいだろ。おまえ、この間から変……」
上条さんの言葉が中途半端なところで止まったのは、私が手を振り払ったからだった。
咄嗟の行動に、上条さんはもちろん、私自身も驚いて、見つめ合ったままポカンとしてしまう。
緑川さんまでもが不思議そうに私を見るので、慌てて口を開いた。
「あ、すみません……なんか今日はちょっと本当に変で――」
どうにか言い訳を探してこの場から逃げたいと考えていたときだった。
「――あれ。高坂?」
横から名前を呼ばれ、反射的に振り向く。
そして、その人物を認識した途端、体が強張った。
ひゅっと喉がおかしな音を立てる。
「……戸川」
私にしか聞こえないようなつぶやきだったのに、戸川は満足そうににっこりと微笑んだ。
女性よりも美人だと、大学の頃に揶揄されていた顔立ちは健在で、直視できずに目を逸らす。
「久しぶりだね。大学卒業して以来だから、約三年ぶりってところか。高坂、サークルの送別会に顔出さなかったから、みんな寂しがってたよ」
一歩近づいた戸川が「元気だった?」と、あの頃と変わらない穏やかな声と笑みで聞いてくる。
目を合わせていられなくて、視線を横に外しながら笑顔を作った。