高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


「ああ」
「勝手ながら、社長がいつかどなたかと真剣に交際されるとしたら、もう少し落ち着いた女性かと考えていたので驚きました」
「俺もそう思っていた。……が、まぁ、悪くはない。あいつは基本的には真っすぐで裏表もないしそこは安心できる」

エレベータの表示板の数字がカウントダウンされるのを眺めながら言うと、緑川がこちらを向いたのが視界の隅でわかった。

「真っすぐ……は、そうですね。猪突猛進タイプなのに不器用なので、見ていると怪我をしそうでハラハラしてイライラします。……ああ、すみません」

言いすぎたと本気では思っていない顔で謝られる。
俺としても、今の美波への評価に異論はないため「いや」と苦笑して聞き流した。

エレベーターが地下に着く。
ターミナル駅から徒歩数分の場所にあるため、自家用車で通勤している社員はほぼいない。
そのため、十台以上が駐車可能なスペースには俺の車が置いてあるだけだった。

運転は任せ、後部座席に乗り込む。
緑川はエンジンをかけたところで「あの、社長。佐々岡さまの件ですが」と振り返った。

白い蛍光灯の照明だけが照らす薄暗い駐車場でも、緑川の珍しく困惑に歪んだ顔は確認できた。

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