高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―
そして、今に至る。
つまり誘ったのは私だ。
現在付き合っている人がいない私にとっては、とくに謝らなくちゃならない人はいないし、上条さんとも合意の上での行為だ。私が泣き落としたわけでも、襲い掛かったわけではない。
お互い大人だし、大きな問題はない。
……うん。問題はない。
昨夜、というよりは今日になってからも散々重ねた体がだるくて、下腹部には若干の違和感が残っていて、現実だよね……と考え少し呆然とする。
昨日会ったばかりだというのに、触れられてもまったく嫌だと感じないどころか喜びさえあったのは、上質なアルコールのせいだろうか。
『そのまま寝て風邪引くつもりか?』と、上条さんが着せてくれたバスローブを思い出し、胸が苦しくなった。
何度も頭の中で確認してから、昨晩はそこにあったはずの上条さんの姿がないという事実をようやく理解し、じわじわと悲しみが生まれた。
そうか……帰っちゃったのか。
これで終わりなのか。
呆気なく終わった非日常。喪失感からスカスカになった胸が温度を失う。
「また、間違えちゃったのかな」
欲しかったものがするっと手の中をすり抜けていく。
まるで水を必死に掴もうとしていた、あの時みたいだ。もがけばもがくほど苦しくなるということは、嫌というほど知っていた。
「せっかく――」
なんとなく、始まりそうだったなにかが行き場を失い、心の中でコトリと音を立てて倒れたときだった。
「目が覚めましたか」
無人だと思っていた部屋に男性の声が聞こえ、慌てて上半身を起こした。