高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


別に、これだけで特別扱いされているなんて思わない。私が電話をかけられるようにわざわざ電話番号を残してくれたんだなんて、これで終わりではないのかもしれないなんて、うぬぼれない。

これはきっと、上条さんの情けだとかなにかしらの事務的な事情により残されただけであって、上条さんの意思が込められたものではないはずだ。

でも……しゅんと落ち込んだ気持ちに空気を吹き込むには十分なほどの威力があった。

携帯をバッグに入れ、大きな歩幅で寝室を出る。
頭痛はするけれど、気分は上を向いていた。

そして、窓際に立っている緑川さんを見て口を開く。

「薬、いりません」

開口一番に言った私に、緑川さんは不可解そうに眉を寄せた。
昨日は気にする余裕もなかったけれど、こちらの部屋もしっかりとした広さがあり、置いてある家具や小物もオシャレだった。

「でも、顔色が悪いですよ。別に怪しい薬ではないですし、この通り未開封ですから。意地を張らずに素直に受け取っておいた方が……」
「そうじゃありません。交換条件、飲めないので」

目を見開いた緑川さんを真っ直ぐに見てハッキリと告げる。

「上条さんが私に特別な好意を持ってくれていないことはわかってます。振り向いてくれる可能性がないことも、ちゃんとわかってます。その上で、諦めたくないんです。一歩前進したいんです。上条さんが私にこれを残してくれたので」

名刺を見せながら続けた。


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