高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


「着替えたいので、そっちの部屋にいてもらえますか」

昨夜、泊ったのはシティホテルで、上条さんが選んだのは部屋がふたつあるスイートルーム。
上条さんがフロントでやり取りしている際、私は少し離れた場所で待っていて、まさかスイートルームに案内されるなんて思ってもみなかったからびっくりした。

言うまでもなく、人生初のスイートルーム体験だ。

といっても、部屋に入ってから今まで、ほぼベッドの上にいたので、スタンダードな部屋でも変わらなかったし、もったいないことをした気分だった。

昨晩から今日にかけて、私はほとんど上条さん越しの天井と、きめ細かいシーツしか見ていないと思う。

緑川さんがベッドルームから出たのを確認してから、ゆっくりとベッドをおり、服を着替える。
ベッドサイドにあるひとり掛けのソファに置いてあったバッグから取り出した手鏡を見ると、メイクが半分落ちたひどい顔が映った。

とりあえず、電車に乗っても二度見されない程度にメイクを直し、携帯に手を伸ばす。

昨日の夜から放置していたし一応確認はしておこうと思ったからだったけれど、手帳型のケースを開いた手が止まった。

見覚えのある名刺が入っていたからだ。

〝上条智司〟と書かれた名刺は、昨夜レストランでももらったものだった。でも、それとは違い、名刺の裏に手書きの携帯番号があった。

読みやすい綺麗な数字の羅列に、一気に胸が締め付けられる。


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