高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


「振られたんだけど。いや、私の実家の事情を知ってからなんか態度がおかしいなとは思ってたの。よそよそしいっていうか、びびってるっていうか。でもさ、そんなの愛があれば乗り越えてくれると思うじゃない。実家がそうだってだけで、なにも彼にまでその道に進んでほしいって言ってるわけじゃないし」
「うん」
「別に私は普通でいいの。会社員の妻でいいし、彼が家事したいなら私が働くし。そんなのふたりで決めていけばいいと思ってたのに〝自信がない〟とか言い出して、挙句〝たぶん、俺よりもふさわしい男がいると思う〟とか、勝手に追い詰められて勝手に匙投げたの。信じられる?」

十四時のオープンカフェは賑わっているけれど、そんななかでも桃ちゃんの大きな声はよく響いていた。

「ねぇ、美波聞いてる? 信じられる?」

怒り心頭している桃ちゃんに聞かれ、周りの席からの視線を少し気にしつつもふるふると首を横に振る。

「だよね! まぁ……でも結局彼からしたらそこまでの想いはなかったってことなんだろうけど。相手が大企業の娘だろうと総理大臣の娘だろうと、本気で好きだったらためらいはしてもきっと諦めないし」

いきなりトーンダウンした桃ちゃんが、背もたれに体を預ける。
そして空をあおぐと目を伏せてため息を落とした。

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