社長じゃない僕は、君のために何ができる? 〜社長、嫌いになってもいいですか?シリーズ 最終章〜
雨音の実家は、普通のマンションの一室。
慎ましやかに、そして丁寧に暮らしているというのがよく分かる部屋だった。
雨音の人格がそのままこの空間の宿ったのか、もしくは逆なのか……。
どちらにしても、この空気感を、僕は好きだと思った。
和室に通され、雨音の父親と母親と向かい合わせで座った。
2人とも、僕に良いイメージを持っていないだろうということは、微妙な表情の違いで感じ取った。

雨音は僕にヒントを出してくれていた。
部下に手を出した、信用できない男だと雨音の両親がすでに思われていることを。
だから、僕は挨拶文に、必ずこれを盛り込もうと決めていた。
どれだけ雨音に救われてきたかということ。
そして、雨音を養っていけるだけの未来が描けているということ。
少しでも、彼女の両親を安心させられる要素があるならと、思いつく限りの僕の雨音への気持ちと覚悟を伝えたつもりだった。
これで、うまくいくと、信じていた。
取引先へのプレゼンでの成功パターンを組み込んでいたから。

だけど、最後に

「娘さんと結婚させてください」

と言う言葉を僕が言った途端、雨音の父親から大きなため息が溢れた。
このため息の意味を、僕は知っている。
つまらないプレゼンを聞かされて、時間を無駄にした言いたげな、取引先の決裁者のため息とうり二つだったから。

僕の挨拶が、彼らにとって失敗したことだけは分かった。
でも、一体何が失敗だったのか、やっぱり僕は分からなかった。
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