離婚却下、御曹司は政略妻を独占愛で絡めとる
「もしもし」

着信に出ると、河東くんの穏やかな声が聞こえた。

「休みの日に電話しちゃってごめんね。今、大丈夫だった?」
「ああ、……うん。平気だよ」
「この前、元気なさそうだったから。どうしても気になって。連絡すべきじゃないとは思ったんだけど」
「河東くん」

彼はあの短い時間で私の様子の異変に気付いてくれた。心配して連絡をくれるなんて。しかもなんてタイミングの良さだろう。

「柊子ちゃん、今も元気ない声してるよ」
「ごめんね。何も変なことはないよ」

慌てて取り繕っても、察せられてしまうのではないか。案の定、河東くんは言った。

「ねえ、俺、今日はオフィスで仕事してるんだ。よければ、お茶を飲みに来ない?」
「え、……でも」
「他にも何人かスタッフが出社してるから、ふたりっきりにはならないよ。安心して」

会いにいけば、私は現状を彼に相談してしまうのではないだろうか。瑛理との不仲だと取られてしまうのではないだろうか。しかし、もう彼は私たち夫婦に何かあったと察している。

「うん。……少しだけ、お邪魔しようかな」
「ありがとう。住所、送るね」

電話が切れた後、どうしようと思った。約束してしまった。
やましくはないのに、胸が苦しくなる。しかし、送られてきたマップを見て、私は河東くんに会いにいくことを決めた。
少なくとも、この寄る辺のない気持ちは、誰かと過ごせば紛れるかもしれないと思った。

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