離婚却下、御曹司は政略妻を独占愛で絡めとる
「志筑せんぱーい」

一日の業務を終え残業もほどほどに席を立った俺に、声をかけてくるのは水平だ。

「一緒に帰りましょう」

自身もしっかり帰り仕度を済ませている。おそらく俺の帰りを狙っていたのだろう。

「悪いけど、今日は兄貴と話があってさ。この後、下で待ち合わせなんだ」
「じゃあ、そこまでご一緒します」

頬を膨らませ、唇を尖らせてみせる水平。この顔が可愛いとわかってやっているのだろう。

いい加減、水平の好意をはっきり拒絶すべきだとは考えていたが、告白されたわけでもない。
先輩後輩のコミュニケーションの範囲だと言い張られれば、俺が水平を遠ざけたことを自意識過剰だと吹聴される恐れもある。
周囲と協調してきた俺としては、水平が自然にあきらめてくれた方が禍根も残らず、都合はよかった。

「先輩と奥様ってずっとあんな感じなんですか?」

エレベーターを待ちながら水平が尋ねてくる。あんな感じとは、デパートで食事を一緒に食べたときのことだろうか。

「ああ、まあ」
「新婚夫婦っていうか、普通の友達同士って感じでしたね」

以前の俺なら、ここでちょっとむっとしたと思う。
しかし、今の俺は違う。あのデパートのとき、柊子と俺はまだお互いの気持ちを知らなかった。

「幼馴染で友達だった期間が長いからね。それにラブラブなところを後輩に見せつけないだろ、普通」
「うふふ、距離があるなあって思ったもんでぇ。志筑先輩は奥様を大事にしてる感じでしたけど、奥様は志筑先輩にあんまり興味がないのかなあって」

嫌なところをついてくる。しかし、俺はもう揺らがない。
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