ひねくれた純愛 アイリスとカーライル

「教授・・大丈夫ですか・・?」
握りこぶしの手の震えを押さえるために、胸の前で力を入れて
片方の手で押さえつけていた。

俺はうつむいている教授の顔を、
覗き込もうとした。

「先に戻ってくれ。問題ない」
教授は顔をそむけて、小さな声で言った。
「嫌です」
俺は上司の命令には逆らうのだ。
「・・・・・」

教授は顔をそむけたままだったが、
「その、気持ちを落ち着けるから・・・
背中を向けて100数えて欲しい」
奇妙はオーダーだな・・と
思いつつ従う事にした。

俺は教授に背を向けて、カウントを始めた。
「1・・・2・・・・・・!?」

俺のジャケットの背中の裾が、
いきなり握りしめるようにつかまれた。

次に背中に・・・・
コツンと軽い感触があった。

たぶん俺の背中に、
教授は頭だけつけているのだろう。
俺は数を数えながら、想像していた。

幼い時の彼女・・・
ボロボロの民族衣装をまとった、
うつむき加減の小さな姿。

唇をかみしめてトーマス・ハミルトンのスーツの裾を
握りしめていたのだろうか。

いや、違う。
うす暗い部屋の壁に額を当てて、
窓のカーテンを握りしめて
100を数えていたのだ・・・

「・・・・50!」

俺はくるりと姿勢を変えて、
教授の腕をつかみ、胸に抱き寄せた。

「このほうが・・いいでしょう」
俺の腕の中で教授は、
抵抗せずに、子ウサギのようにおとなしくしていた。
「51・・・52・・・」

眠りにつく時のように、
白いフワフワの羊を数えるように。

その数字に合わせて、
教授の背中を軽く叩いてやる。
その背中の緊張が、少しずつ溶けていくのが手に伝わる。

「99・・・100・・・」
教授が息を吐いてから、
少し体を離した。

「悪かった。取り乱して・・
助けてくれて・・・礼を言う」

俺も抱きしめた腕を緩めた。
「この事は内密にして欲しい・・」

俺を見上げた教授の目が、潤んで赤い。
「わかりました」
教授はもう一度大きく息を吸ってから、
背中を丸め気味に、建物に向かって歩いて行った。

5、6歩歩いた所で、
教授がいきなり振り向いた。

「カーライル・・これもセクハラ案件だろうか」
その瞳は不安げに揺れている。

「いいえ、単なるハグの延長です」
「そうなのか・・」
「問題はありません」

俺は大きな声で、自信があるように言った。

「ならば・・いい」
そう言い残して教授は、また歩き始めた。

俺が暇つぶしに、教授をからかって遊ぶ・・・のではなく・・・

抱きしめた余韻が、俺の心を揺さぶる。
華奢で、はかなげで、
折れてしまいそうで・・・
(かぐわ)しい。

俺はその場所で、たばこの箱を取り出した。

元女房男とその彼氏カップルの、
ゆすり対策が必要だ。

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