いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 飲み干したレモネードのカップをローテーブルに置き、泰章は前かがみで両腕を膝に預ける。おだやかで真面目な声は、まだ結婚する前の彼を思い起こさせた。

「それなら、俺からも言いたいことがある」

 泰章が身体を向ける。きっと別れの挨拶だろう、それなら史織もちゃんと向き合って聞かなければ。史織もカップをテーブルに置き、両手を膝に置いて身体を彼に向けた。

 真剣な瞳が史織を見つめる。見惚れてしまいそうなほどに凄絶で綺麗な双眸。この目に見つめられると本当に蕩けてしまいそうだった。

 そんなことも、もうなくなるのだ。

「好きだ」

「え?」

「好きだ、史織」

「……泰章、さん?」

 予想しない言葉でも、これほど突拍子もないものがあるだろうか。

「好きだ、愛してる」

「あ、あのっ、え?」

「愛してる。結婚してくれ」

「結婚……は、今……ほら、してますし……」

「じゃあ、このまま一生、俺と一緒にいてくれ」

「でも、ほら、わたしは……罪滅ぼしで結婚を……」

 なんだかよくわからなくなっていた。待っていたのは別れの言葉のはずなのに、なぜ愛の告白をされているのだろう。

(泰章さんが……わたしを?)

「史織にレモネードを淹れてもらって史織に選んでもらったケーキを食べて、そうやって笑い合える毎日を送りたい。それよりなにより史織が大好きだから一生一緒にいたい」

 これは、夢ではないのだろうか。現実だと思って大丈夫だろうか。

「史織は、俺が嫌いか? 騙したから、嫌いになったか?」

「き、嫌いになんてなっていません!」

 慌てて口にすると、泰章はふわっと微笑む。

「それなら、好きなんだな?」

 なんだか引っかかった気分だ。好きという言葉に反応して、だんだん胸の奥からゾワゾワした喜びが生まれてくるのがわかる。

「たとえ利用するという形でも、史織を妻にすると決めた時、絶対に一生離さないと思った」

 泰章に両手を握られる。見つめる瞳が熱を帯びて、史織を蕩かしかかっているのがわかる。

「烏丸家も会社も、すべて投げ出してもいいとさえ思ったあの日、俺を救ってくれたのは史織の温かさだった。好きだよ史織。二年前のあの日から、ずっと」

「泰章さん……」

「失踪問題が片付きそうだと思って、史織に思わせぶりなことを言った。問題の娘が史織だとわかって、すぐに妻にする案が浮かんだ。俺の妻でいれば、関係者からの攻撃からは守れると思ったからだったが……うまく守れなかった。すまなかった」
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