いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「あの、下ろしてくださいっ……重いですから」

「はぁ? 自分の体重を知らないのか? どこが重いんだ」

 不思議な話を聞いたと言わんばかりに鼻にしわを寄せ、彼はすたすた歩いていく。確かに重そうな素振りはない。だがなんとも照れくさくて、この状況を堪能できない。

 視線を少し動かしただけで、端整な横顔がすくそばにある。このまま抱きついてしまいたいと腕がムズムズした。

(やっぱり、好きな人に嫌われてるって……寂しいな)

 そんなことを考えているうちに部屋へ入る。廊下からして明るく豪華で言葉を失ったが、これではいけないと史織は頑張って口火を切った。

「ありがとうございます、泰章さん。もう、下ろしてください」

「またそれか? よほどこの格好がいやなのか?」

「そうじゃないですっ。お姫様抱っこなんて夢みたいです。一生縁がないものですよ。でも、泰章さんがいやだろうと……」

「俺が?」

「はい、わたしなんかに……触りたくもないだろうと……」

 とたんに泰章の歩調が速くなる。どうしたのかと思っているうちにリビングを通りこしてベッドルームに移動し、大きなベッドに放られた。

「きゃっ……」

 高価なベッドなのだろう。全身で落ちたのにどこも痛くない。むしろ弾力が心地よくてこのまま眠ってしまえそうだ。

 しかしほんわりしている場合ではない。両肘を立てて上半身を浮かせた瞬間、テールコートのジャケットを脱ぎ捨てた泰章が覆いかぶさってきて身体を押した。

「あっ……」

 肘が崩れ、そのままベッドに沈む。ベッドルームは薄暗く、それでもベッドサイドに置かれた豪奢なシェードランプがベッド周辺をまんべんなく照らしている。

 オレンジ色の暖かな灯りの中で、泰章が妖しい笑みを浮かべた。

「ドレス、窮屈だろう? 脱がせてやる」

「え、あのっ」

 戸惑っているうちに唇を塞がれる。挙式の時に儀式として行われた触れるだけのキスとは違い、声も吐息もすべて吸い取り搦め取ってしまう濃厚なキスだった。

 こんなキスはしたことがないどころか、誰かと唇を合わせるのも先ほどの式が初めてだった。

 唇も口腔も彼のなすがままになっているうちに、ドレスが身体から離れていくのがわかる。ドレスの気配がなくなると、身体を締めつけていた下着が妙に窮屈さを訴える。
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