いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 史織の話を、泰章は真面目な顔でうんうんと聞いている。彼は史織よりも十歳年上で、おそらく仕事でも重要なポストについている人だと思う。

 なんの仕事をしているかなど詳しいことは聞いたことはない。こちらからお客様のプライベートを探るような会話はするべきではないからだ。

 それでも、重要なポストについているのだろうと予想できる理由は、スーツや靴、腕時計などから窺える身なりのよさ。立ち居振る舞いにはどこか身についた品のよさを感じるのだ。

 なんにしろ、普通に生活しているだけではお目にかかれないようなイケメンであることだけで、史織の中で泰章は〝普通と違うお客さん〟なのである。

 そんな彼が、史織の話を真剣に聞いてくれている。

 嬉しいが……照れくさくもあった。

「甘いババロアで疲れを取って、グレープフルーツの爽やかさで使いすぎた脳をサッパリさせましょうっ。ほら、『疲れた時には甘いもの』とはよく言いますけど、『疲れた時は酸っぱいものが美味しい』とも言うじゃないですか」

 笑顔でテンションを上げてみる。だいたいのお客さんはこれで「そうですね、それじゃあ」と決めてくれるので泰章にもそれを期待したのだが、予想外にクスリと笑われてドキリとした。

 おかしな言いかたをしてしまっただろうか。それとも言いかたが偉そうだったとか。

 いろいろ不安になるが彼は面映ゆい笑顔で史織を見る。

「最初に中山さんにケーキを選んでもらった時も、同じことを言われたのを思いだしてしまって」

「あ……そうでしたね」

「レモンは苦手なはずなのに、レモネードをいただいて『甘い』と言ってしまった私に、疲れた時は酸味が心地よく感じる、だから疲れているんだって言われたのを、とてもよく覚えています」

「言いました。覚えています」

 改めて言われると照れてしまう。だが、あの時はそう言うしかなかったのだ。

 彼は今にも倒れてしまいそうなほど憔悴しきっていたのに、それを認めてくれないから。

「ぜひそちらをいただきます。三個。手間をかけて申し訳ないのですが、一個と二個で分けていただけますか」

「ありがとうございます。かしこまりました、ご遠慮なさらず。一個と二個でお分けすればよろしいですね」

「見た目がとてもかわいらしい。妹にも見せてやりたいのです。フルーツが好きなので、きっと喜ぶ」
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