いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 色とりどり、鮮やかなケーキが並んだショーケースの前で片手を軽く顎にあて、まぶたをゆるめてケーキを物色している泰章も、そんな常連のひとりである。

 一八〇センチを軽く超える長身に洗練されたスーツ姿。おだやかさと凛々しさを雑妙なバランスで使い分ける、見惚れずにはいられない美丈夫だ。

 最初に来店してくれたのは二年前。接客したのが史織だった。それから半年は一カ月に一度程度の来店だったのが、二週間に一度になり、十日に一度になり、今は一週間に一度、必ず火曜日に来店してくれる。

「漠然とすごく甘いものを口に入れたい気分なのだけど……なにがいいだろう。こう、重苦しさが溶けるようなやつ」

 ショーケースを眺めたまま泰章が要望を出す。

「重苦しい……。体調がすぐれないとか、ですか?」

「いいや、そういうわけではなくて。昨日はプレゼンの会議が白熱してね、私も明け方までずっと資料を見ていたものだから」

「寝不足もあると思いますよ。お疲れなんですね。それでしたら、甘くてサッパリしたものなどいかがですか」

「甘くてサッパリ?」

 凛々しい双眸が史織へと向けられる。気を抜いたらジッと見つめてしまいそうで、それはいけないとショーケースに目を移した。

「期間限定ですけど、ピンクグレープフルーツのジュレがのったババロアはどうですか?」

 商品の前へ移動し、右手でショーケースを示す。上段にはキューブラインのデザートカップに入れられたピンクグレープフルーツジュレのババロアが行儀よく並んでいる。

 透明感のあるピンク色のジュレの中央には、薄皮を処理された綺麗な果肉がゴロゴロとのっていた。アクセントの生クリームに店名入りの小さなチョコレート、ミントのワンポイントが色のバランスを整えてくれている。

 透明感と色合いのかわいらしさで女性に人気だが、味は男性にも喜んでもらえるものだと史織は思うのだ。

「グレープフルーツか……。酸味がある感じ?」

「ピンクグレープフルーツ自体にそれほど酸味がないので、甘さと爽やかさの中に微かな酸味と喉の奥に抜ける一瞬のほろ苦さ、といったところでしょうか。甘いババロアを先に食べてしまうと酸味と苦味を感知しやすくなってしまうので、果肉とジュレを先に食べていただくのがポイントです。その後にババロアを口に入れてみれば、いつも以上にババロアが甘く感じますよ」

「なるほど」
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