いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 微笑み合って祭壇に向かえたなら、どんなに幸せだったかと思う。こんな結婚式にしてしまったのは泰章ではあるが、彼自身だってつらかった。

「親族の様子は、どうでしたか?」

「あからさまに目をそらしている方や睨んでいる方もいらっしゃいましたが、式の最中も後も、特別おかしな行動に出る様子はなかったように思います」

「そうですか、よかった」

 式場には福田をはじめ顧問弁護士たち、複数の警備員を配置していた。

 もしも、親族が場に合わない行動に出たら、もしも、史織に危害が及ぶ可能性が発生したら、すぐに対応できるようにと考えてのこと。

 薫は参列を渋っていたが、母が療養先から出られないのに薫まで来ないとなると新郎側の示しがつかない。つまりは兄の顔に、烏丸家の当主の顔に泥を塗ることになる。

 薫はしきたりや礼儀を重んじる躾のいい娘だ。婚約破棄の一件でどこか気持ちにひずみはできているが、以前のしっかりした彼女が戻れば、きっと史織と仲良くなってくれると思う。

 歳だって近い。大人っぽく見える妹だが、あれでも史織のひとつ年上なだけの二十二歳。現在大学四年生だ。

 現在の状況を、なんとか乗り切れば……。

「奥様は華奢でかわいらしい方ですし、雰囲気からも図々しさのようなものは感じません。実に感じのいい方だ。かえって、ご親族の中には、こんな娘さんが母親の不祥事の後始末をさせられるなんて、と、同情された方もいらっしゃったのではないでしょうか」

「だったら嬉しいのですが」

「なんにしろ、早く落ち着いていただけるに越したことはないでしょう。社長も……それを一番望まれているのでしょうし」

「それはそうです。それが目的でこんなことをしているのですから」

 失踪した父が見つかった時、彼は烏丸家と絶縁することで許された。社長としてそれなりに能力のある人ではあったが、プライドが高く支配的なところがある母と、婿養子という自分の立場に頭を悩ませる神経質な男でもあったのだ。

 泰章がすでに社長として父親以上の才を表していたことも、すんなりと絶縁を許された原因だった。

 しかし、失踪が原因でこうむった被害は甚大だ。母の件然り、薫の件然り。特に薫は、気持ちが収まらないのが本当のところだろう。
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