いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「式を挙げたばかりの新郎が、ひとり寂しくシングルルームで過ごすなんて……」

「仕方がないでしょう」

「別に、一緒にいるくらい、いいんじゃないんですか? わざわざ別に部屋を取って隠れていなくたって」

「……生殺し状態が、時間にして半日以上続くんですけど?」

「社長は、半年くらい死んだようになっていた時期がありましたけど?」

「それとこれとは話がまったく違います」

 泰章がムキになりかかると、福田は悪気なく笑い声をあげる。彼の場合は本当に悪気がないから始末が悪い。少しでも本気で揶揄してくれたら、もう少し怒りようもあるのに。

 相手を本気で怒らせない。怒るタイミングを与えない。それが、弁護士としての福田の強みでもあるのだが。

 泰章は諦めの息を吐き、肘かけ椅子を手で示す。

「夜分遅くにすみません。座ってください、コーヒーでも……」

 ルームサービスでも頼もうと受話器を取るが、すかさず福田に電話のフックを押さえられた。

「いえいえ、結構ですよ。私も話が終わったら早々に退散いたします。社長もお疲れになったでしょう。今夜はゆっくりお休みください」

 福田の言葉に一切の悪意はない。むしろ泰章を気遣ってくれている。しかし、こんな精神状態で、果たして今夜は眠れるのだろうかと思う。

「奥様のご様子はいかがです?」

「様子は……」
 福田の向かいに腰を下ろしながら泰章は史織を思いだす。部屋を出てくる前の彼女といえば……。

 ベッドの中で、ぼんやりと気だるげに身体を横たえ、まだ紅潮した頬は艶っぽくて、あんな顔を見てしまったらもう一度シーツの上で乱れさせたい欲望に駆られそうで……。これはマズイと、くちづけで自分をごまかした。

 色っぽい史織しか思い浮かばない。

「念のために言いますが、元気だった、とか、結婚式で疲れて元気がなかった、とか、聞きたいのはそういうことですからね」

「わかってるよ」

 わかっていなかった……。

 福田に心の中を見透かされているようで、泰章は不自然な咳払いをする。

「挙式で疲れたようだった。参列者も多かったし親族の目もあるし、無理もない」

「そうですね。奥様には酷な時間だったでしょう。結婚式という、女性にとっては一世一代の大イベントなのに。大イベントなのは、社長も同じでしょうけど」

「まあ、そうですね」
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