いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「常連のお客様……いつもとケーキの雰囲気が違うとか、クレームつきませんか?」

 由真は妙に心配そうだ。同じケーキのデコレーションでも作り手によって雰囲気が変わることもある。飛び込みの客はわからなくても常連なら雰囲気の違いに気付くかもしれない。

「今のところないよ。それに、國吉さんだって腕のいいパティシエだもん。大丈夫だよ。信用してあげよう?」

 笑って窘めカウンターに戻ろうとした時、ショーケースの向こうにいた同僚が「いらっしゃいませ」と声をあげる。客が入ってきた気配に振り向き、息を呑んだ。

「パッとしない場所にあるわりには大きい店ね」

「仮にも駅に近いし……あら?」

 入ってきたのはふたり。見覚えのある中年女性は烏丸家初日に顔を合わせた叔母たちだ。まとめ髪とエアリーボブの姉妹。片方が史織に気付き、ふたりそろって歩み寄ってきた。

「いたいた、こちらで働いているって聞いて。よかったわ、すぐにお会いできて」

「先日のお食事会、どうしていらっしゃらなかったの? お話ができると思って楽しみにしていましたのに」

「申し訳ございません。仕事がありましたので……」

 嘘ではない。来るなと泰明に言われたことは言わない方がいいのだろう。しかしまさか店に親族が来るとは思わなかった。

「あの、本日はなにか……。わたし、勤務中ですので……」

 ここまで来て恨み言は勘弁してほしい。なんといっても勤務中だし客もいる。するとまとめ髪の方が身体をのけ反らせ、少々大袈裟に片手を左右に振る。

「こういったお店に来て『なにか』って言われるのも初めてね。常識で考えてよ、ケーキを買いに来たに決まっているじゃない」

「それは失礼いたしました。どうぞ、あちらがケーキのショーケースになります。焼き菓子などは……」

 案内の言葉途中で、ふたりはショーケースに向かっていく。ここは史織が対応した方がいいだろう、速足で後を追った。

「ん~、なんだかパッとしないわねぇ。仕方がないのかしらねぇ……」

 まとめ髪の方がショーケースを覗いてブツブツ言う。今まで黙っていたエアリーボブが、カウンター内に入ろうとした史織にすかさず声をかける。

「そうそう、先日はごめんなさいね」

「え?」

 まさかの言葉が聞こえ思わず立ち止まると、謝罪を口にしたとは思えない蔑んだ目を向けられた。

「泰章さんに叱られてしまったわ。余計な誘いをかけるなって。まあ、泰章さんを通さないで声をかけたわたくしたちも悪いんだけど」

「泰章さんが……」
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