内緒の出産がバレたら、御曹司が溺甘パパになりました
「言っておきます」と岡安は即答する。

 あの主任と深雪さんは犬猿の仲だ。まあ無理だろうけど、糸口があるとすればそこしかないだろう。

「さあもう時間ですし、今日はこのまま帰ります。あとは明日、あなたのほうで処理してください」

 残った稟議書は社長案件だ。確認印をチェックするだけで意見を求められてはいない。
 岡安は何かを飲みこんような顔をして「わかりました」と頭を下げた。


 オフィスビルを出て、腕時計を見る。
 約束の時間は十九時。

 待ち合わせはここから徒歩十五分ほどの距離にあるホテルの、高層階にあるレストラン。

 歩きでは五分は遅刻しそうだが、まあ連絡は必要ないだろう。

 天気予報ではもしかすると雪が降るかもしれないと言っていた。それでなくても二月の夜は早く寒い。コートの襟を立てて歩く人々も、心なしか急ぎ足だ。

 すれ違いざまに女性が「さっむ」と声を震わせた。

「チエさーん。ラーメンでも食べましょうよ」

 他愛ない男女の会話がなんとなく引っ掛かり、立ち止まって振り返った。

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