やわく、制服で隠して。
深春の家に着いて、ちょっと待っててって言われたから、ベランダと庭の陰に隠れた。

「母さん達が本当に居ないか確認してくるね。」

そう言って、深春は泥棒みたいにゆっくりと鍵を差し込んで、もっとゆっくりした速度で鍵を回した。
カチャッと小さい音が聞こえた。

深春が家の中に入っていて、五分くらいして、玄関から顔を出した深春が、私に向かって指でオーケーサインを作った。

「上がって、上がって!」

「お邪魔します。庭、綺麗だね。」

「母さんの趣味なの。子供に手がかからなくなったから、今度は植物に手をかけるんだって。」

「へぇ。だから深春も植物に詳しいの?」

深春は一瞬きょとんとしてから、笑った。

「あぁ。入学式の時の、名字のやつ?あれは違うよ。どっちも植物の名前だなって思って、式の間にネットで調べたの。」

深春からの、まさかの種明かし。
式の間もそんなこと考えていたなんて。
だけどそれは、嬉しい種明かしだった。

玄関に入ると、“人の家”特有の匂いがした。
自分では分からないけれど、人の家の玄関にはそれぞれの香りがあると思う。

深春の家はフローラル系の香りがする。
玄関の靴箱の上に、有名なメーカーの芳香剤が置いてある。
きっとこの香りだ。

「いい匂いだね。」

深春は芳香剤をチラッと見てから「それも母さんの趣味。」って興味無さそうに言った。

「こっち。ソファに座って待ってて。」

リビングに通されて、促されるままソファに座った。
私の家のソファよりもふかふかで、ひょっとしたら私のベッドより柔らかいかもしれない。

家具も、カーテンやソファカバーとか、あらゆる物がベージュやブラウン系でナチュラルにまとまっていて、リビング全体が整然としている。
とても綺麗な空間だと思った。

「お待たせ。」

深春がトレイに二つのグラスと、スナック菓子やチョコレートなんかを山盛りに持った器を乗せて戻ってきた。

「さっきのバッグの中身。ほとんど食べ物だから。」

「すごい量だね。」

深春が私の隣に座った。
ソファは大人三人くらいは余裕で座れそうな大きさなのに、私と深春の距離は明らかに近かった。

「お菓子、食べよ。」

「う、うん…。」

深春から目を逸らして、グラスに口を付けた。
コーラかと思っていたらコーヒーだった。
深春はお菓子を食べる時はコーヒーを飲むんだな、大人だななんて思った。

今日から二泊三日。深春と二人きり。
初めて彼女が出来た男子みたいにドキドキしている。

深春は今、何を考えているのだろう。
パクパクとお菓子を食べる深春を、私は見れずにいた。
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