椅子こん!







赤いバイクが走って来て、話をしていた二人の前に現れた。
「あのー、そこちょっと退いてくれます?」

「あ……すみません」

郵便局員が何かを配達にきたらしい。
 坂道の上、一番奥にあるのはあの家だけだ。
アサヒはぐったりした女の子を背負いながら、小さくお辞儀をして退く。そうか、この先の家に、配達なんて来るのか。
しかしそれはそうだろう。山のてっぺんにだって確か住所があれば手紙は届くんだ。

 女の子の方は、急に呼吸が苦しいと言い出したと思えば眠りに落ちてしまった。息自体は出来るらしいので眠たいだけだろうとアサヒは思った。また目覚めるはず。 
 バイクのあとを追って、そっと正面から家の方に向かう。
ビルの上にヘリコプターが居たりするが、郵便局員がどうこうするわけでもなく、ただ平然とポストに何かを差し込み、さっさと坂道を下り始めた。

 少し間を置いてからポストを開ける。そこには少し厚めの封筒、「国民恋愛調査国民は全員受けましょう」
と、一枚の紙があった。

「パートナー制度改正のお知らせに伴い、同性愛に制度がが広く適用されます。人類の恋愛、幸せに乾杯。


 また、国民恋愛調査を行っております。
 提出されないと恋愛制度の否定と見なされ、サービスが制限される場合もありますのであらかじめご了承ください。なお、募集期間中、提出の確認が取れない場合は回収員が伺います。 
 やむを得ず事故や怪我などに巻き込まれる場合につきましては、確認を取り次第、代理の方に書いて提出いただくことができます」


……家族。
背中にいるこの子の家に、確認を取るものが居るだろうか?
自分たち「観察屋」がリークし、家は爆撃に合い、恐らくまだ、ママは行方不明。

 住所があっても人が居なくては意味が無い。事前に根回ししてあれば、あの家を通ることはないだろうし、その可能がある。この子には手紙は来ない?

 見捨てる、というのが適切かはわからない。だがこうやって、さりげなく数字から外す市民が居る。
「くっ! 寝覚めが悪い」

 あぁ、そうだ、それよりも……
 封筒を戻してからアサヒは歩きだす。それよりも、コリゴリと、あいつのことだ。
とにかく合流しなくては。

(確か向こうの方に行ったような気がする……)
椅子に引きずられて行くのを見たばかりだ。しばらく歩いていると、彼女の方も椅子さんと共にやってきた。

「…………、あの」

どうしていいかわからないという風に、こちらをじっと見つめている。

「名乗ってなかったが、俺はアサヒ。観察屋をしていたが、今回の口封じでクビになった、本当に悪かった……さっきも、コリゴリが証拠を隠滅するために家を襲撃したみたいだ。あまり知らないんだが、コリゴリは、観察屋の中でも過激なやつだ。もしかしたら……特に悪いやつからの観察も引き受けているかもしれない、そういうエリートが恐らく居る」

「……そう、なんだ」

彼女は少し、何かを考えているみたいだった。

「あぁ。そのコリゴリは?」

「え? 見なかった。家のなかに居たのは怪物と化したスキダだけ、椅子さんが、逃げるようにって、だから私たち逃げてきたの」
「入れ違ったか……」

「まだ中にスキダが居る……私にいつも送り付けられる紙から生まれてしまった。
今までは抑え込まれてたみたいだけど、どうしてか急に────」

アサヒは冷や汗をかいた。背中にはまだ女の子が寝ている。

「あれ……その子、寝ちゃったんだ。あー、無事に脱出してくれて、安心したよ」

「……あぁ」

 目の前の彼女は、なんだか、そう、最初と変わらないはずなのにどこか、異質な感じがした。

「私の、家────」
確かめるように呟きながら、彼女は脱出した家を見上げる。

「スキダが暴れている。だけど、私がずっと暮らしてきた、大事な家────」

 覚悟が決まっている、というように彼女はもう一度アサヒを見る。

「私は──悪魔だから。きっと慣れるよ。なんの躊躇いもなくスキダを殺るから、そこに居て」

そう言って、再び中に入ろうとする彼女にアサヒは手紙が届いていることを告げた。
彼女はポストを確認して、アサヒと同じように、女の子の家族のことを思った。
話題にならないと言っても、さすがに、何かしら届くはずだ。
けれど───

「ハクナも、きっと見つけに行くから」女の子に囁くと、再び家を目指した。

< 38 / 224 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop