椅子こん!
会長
 定例会などを重ねるごとに彼女の厳しさが、後ろめたさの裏返しなのは上層部をはじめ、みんなが気付いてきている。他人の恋愛をつつきやすいのは、はっきりいうなら結局のところは私利私欲のため。
建前であった、恋愛による幸福までもが、今まさに、揺らぎかけている。
なんて、無様だろう。
なんて、残酷なのだろう。
(とんだ恥知らず者……裸の王さまね)
痛くて苦笑いしてしまう。
────いや、まだ、研究所もスライムのスキダが変異した理由の特定には至っていない。
だがもし……万が一、恋愛が、なにかの対外的な要因で大きく歪むとしたら。
(抜け目なくパーフェクトな組織を形成できる自信はある?)
こんなに混乱ショートしかけている思考回路で。

──いいえ、私はやりとげなくては。
ハクナの罪は、会長の罪。
私は、その罪により今まで甘い汁を啜りつづけてきた。
これからも。だから。
『悪魔』は、この手で再び、封じ込めてみせる!!!!


 会長は覚束無い足取りで、手にした資料のリストにあった悪魔の家の写真を握りしめたまま立ち上がると、建物内の自室から、どこかに電話をかける。電話はすぐに繋がった。


──はい。用件はなんでしょうか。

「……今日、サーチの結果をもらいましたが、観察部隊が尾行に使っていたナンバーの車、ヘリが、まだまだ活躍しているようです。アサヒを仕留めにいったという、コリゴリも帰って来ないし……
あれを置いておくと動かぬ証拠になります」


──わかりました、探させましょう。
他に?

「テレビ局が彼女の家を模して芸能人に訪ねさせて、視聴者ゲストに笑わせる番組を流しましたが──ヘリが万が一周辺に墜落していた場合、ハクナが関わっていることが奴らにも気取られてしまいます」

──わかりました、局には口止めをしておきます。

「いいえ、局だけではだめ。そこにいたタレントも、じっくり、ゆっくりと沼に浸からせなさい……違和感を口にしないかよく見張らないと」

──わかりました、事務所にも話をしておきます。

「小林を呼んでも構わないわ」

──わ、わかりました。
考えておきます。

 スライムがクラスターを発生させたとき、近くに居たのはあの悪魔だった。
スライムは当初の健康診断では異常が見られなかったし精神も普通の範疇だったと保険関係者の調査から聞いている。
要は、あの悪魔にこそ、なにか秘密がある。会長は疑っていた。とにかく隔離してみないことにはわからないけれど────

──ところでその、観察している悪魔の家があった場所、なんか、報告によればすごく荒れてるらしいですけど人が住んでるんですかね……あっ、帰ってきた。
調査員が今来まして、
どうやら、スライムに引き続き、悪魔の家を訪ねたコリゴリが変異したまま亡くなったと───

「……あ……あぁ……あぁ」

二度あることは、三度ある。
会長は蒼白になりながらも悲鳴を堪えた。
彼女の望みは恋愛と運命のつがいで世界を幸せにして怪物を退けること。 
(────対外的な、選択能力……なんて)

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
24時間朝昼夜、いつでも観察部隊を呼びつけられる。いつでも。危険性を察知したらすぐさま、他人の淫らかつ冷酷なスキャンダルを報告できる。片手ひとつで、誰であっても消し去ることが可能だ。
それでも、怖い……
 彼女によって人生を翻弄され奪われた犠牲者の叫び声が聞こえてくるかのようだった。あのタレント、あの政治家、あの資産家、あの弁護士、あの研究者、あの活動家…………みんな消し去ったが、露見することはなく、今でも平和はつづく。
(いけない、何震えてるのかしら、放送も、フライトも、私が命令したことでしょう?  恋愛総合化学会長の私が悪いからな。理性ある行い、大事にしないと、もし、恋愛が感情のみで引き起こされるわけでないとしてもそれは少数の不具合にすぎなくてつまり)────


──会長?

「あ、いえ……よろしくお願いします」

──わかりました、それではまたなにかあればお申し付けください。


通話が切れる。悪魔を追い詰めていけば、いつか自殺する可能性だってないことはない。あれだけ観察していても、警察やらBPOの手が全てに回りはしない。

「はぁ……私は会長なんだから、しっかりしないと」
罪は、完全には裁かれない。それは不完全な人間と同じく、いつも不完全に存在する。
 悪魔の家に証拠隠滅にいったコリゴリが亡くなっているとなれば、誰かがさらに証拠隠滅にいかなくてはならないが、同時にそれはアサヒを取り逃がしたこととなる。
ハクナが荒れそうだな、と会長は考えてみた。
 ハクナは総合化学会が元々市民の恋愛の様子などを監察させていた部隊だった。
いつの間にかそれが裏金や暴力関係へと繋がり、今の形に発展を遂げた。
 監察部隊の活躍で資金が潤い始めると、それだけ立派な宣伝が出来る。一気に会員も増えた。何であれ、彼女の目的には沢山の会員が必要だ。資金の流れは会長にも流れてくるが、今では当初と目的が変わったとはいえ、無くてはならない部隊である。

 固定電話から離れ、ふらつきながら机に向かう。今はただ、目的に集中していたかった。
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