椅子こん!
旅行計画
『闇商人オンリーのやかた』
「さっきアッコさんから電話が来ててね、あの子たちに悪いけど……」
「おばあちゃん、でも、私──友達になったのに」
台所の奥の方から、祖母とカグヤの話し合いが聞こえている。
三人は固唾を飲んで見守っていた。
「会員で無い人だしねぇ……私たちを悪く思ってるかもしれないし」
「でも、おばあちゃん!」
「あの男の子の方も、恋人じゃないらしいじゃないか」
やっぱり、あの問いはわざとだったんだ。
背筋にぞっと冷たいものが走る。
カグヤの祖母は柔らかい笑みを浮かべていそうな、柔らかな声で、当たり前のように話を続けていた。
「『独身』で、更に『非会員』じゃあ、ここに置くと何するかわからないからね? 友達が、大事だろう」
「嫌、私、勧誘なんてしないからね!」
「カグヤ!」
「友達に勧誘なんてしない! 普通の子はそうだもの! あのクズ親父の居る宗教に友達を送り込むなんて誰がするか!」
「カグヤ、誰のお陰で、命が助かったと思っているの? 誰のお陰で、こうやって今幸せに暮らして────」
「知らない! 皆が勝手にやったことだもん、勝手に、あのクズ親父に恩を売る為に! 勝手に! 私……知らない!」
「カグヤ……それだけ、お前を愛しているとは、思えないのかい?」
「愛してたら何やったっていいの? 恋をしたら何やったっていいの?
クズ親父みたいに、いろんな家庭をめちゃくちゃにしても! あのおばさんみたいに、いろんな男を食い物にしても!」
「カグヤ……それはね」
「あぁ! もううんざり、だったら、死体や物や動物を好きになる方がずっとマシじゃない! 彼らの方がずっと誠実に相手を思いやってる! それがおばあちゃんたちが言う罪な相手でも、振る舞いさえ普通なら、ずっと真面目でまともな人だわ!」
ドタバタと激しい物音、足音がして、やがて少しの間、静かになった後、奥の部屋から微かに洗濯機の動く音がした。
その間に、三人はそーっと家具が置いてある作業場の方に向かった。
祖父はもう眠りについているようで、
作業場は暗くなっていた。
勝手に構ってはならないものもあるだろうと、明かりをつけず、なるべく入り口付近から様子を伺う。
「椅子さん」
私が小さく呼び掛けると、椅子さんは少しだけ返事をした。
──あぁ、おはよう
「椅子さん……」
椅子さんが生きている。それだけで、心の中がじんわり温かくなる。
──心配をかけたね
「うん、でも……良かった、ありがとう……」
ごめんなさいと言いたかったけど、それも違う気がした。
──時期に、カグヤがバイトに出る。
「え?」
──カグヤがバイトに出る。すぐ隣だから話を聞いていた。ついて行くと良い。
「わ、わかった」
椅子さんはふわっ、と台から起きあがり、こちらに向かって来た。
「わ……」
そして、私の腕の中に収まる。
恋い焦がれた感覚だ。
数時間離れただけでも、ひどく懐かしい。
──幸いにも、ちょっと足を治してもらってどうにかなった。
「そう……嬉しい」
このままずっと抱き締めていたい。
だけどまた足音が聞こえてきて、カグヤが近付くのを察知すると、椅子さんは一旦作業場に隠れた。
「あ──カグヤ」
カグヤも私たちを見つけて、少し決まり悪そうに目を逸らすが、再びこちらを見据えながら「あなたたちも来て」と言った。
「バイトって、何やるの?」
女の子がきょとんとして質問するとカグヤはなんてことないように答える。
「学会関係」
「あっ、そうだ、今度北国に行くんだけど、お土産居る? バイト代で買うから」
「旅行……一人旅?」
家族旅行をするように見えなくて私が聞くとカグヤは首を横に振った。
「奉仕活動。さっきのパンフレットに載ってたでしょう? 貧しい国に食料を配ったり……ゴミを拾ったり……ボランティアよ。宗教の理念にも、まず困ってる人に施しをするようにあるから」
非会員を追い出したい祖母の話を認知した上でこれを言う彼女に複雑な気持ちのまま、私たちはそれぞれ頷いた。
なんとなく「すごく簡単に、スキダが手に入りそうだな」と思ったけど、言わなかった。アサヒがなぜか目を輝かせる。
「アサヒ?」
女の子がアサヒを見ると、彼はあとで話そう、と言った。
────外は月が浮かんでいる。
歩く人もまばらで、ときどき、スキダが色んな家の窓の外から魚らしく飛び跳ねているのが見える。
これだけの民家を初めて見たけれど結構すごい景色だ。
「あー、それちょっと恥ずかしいよね」
カグヤやアサヒは私の反応とは違ってむしろ顔を赤らめていた。女の子も金魚すくいみたいで面白いねとはしゃいでいる。
「夜になると、こうやって発光してて……小学校とかは夜中に児童が出歩かないように言ってる。だから私もよく、好奇心に溢れた連中とこっそり見に行ったなあ」
「花火みたいで、楽しいのにな」
女の子が不思議そうにする。
私もちょっと不思議だったけど、見ていたらなんとなくわかった気がした。魚スキダが跳び跳ねて、一瞬怪物のように大きくなって、また小さくなって、二匹、三匹と、じゃれあって、窓から光が丘消えていく……
誰かのスキダと誰かのスキダが混ざりあっている姿が、確かにあまり義務教育中の子どもにはいい影響ではないだろう。
「……アサヒ、さっきの話って?」
女の子が改めて聞いた。
「行くのさ、北国」
私と女の子はええーっ!と同時に驚いた。
「確か北国に、『闇商人オンリーのやかた』がある。普通に行くだけじゃ危険だが、学会についていけば……」
「でっ、でも! 怖すぎるよ、洗脳されたりしたら戻って来れないかもしれないじゃない」
「っていうか何そのやかた」
女の子が冷静につっこむ。
「盗品を売りさばくやかただ。嫁品評会に出入りする盗賊、サイコがよく訪れる。
サイコの居る所に、嫁品評会の情報もあるはず」
しばらく黙って道を歩いていたカグヤが、「でも私、実は勧誘しろって言われて断っちゃったんだよね……」と言うのでアサヒは「いいや、伝ならある!」と言った。
「お前らも洗脳されず、伝に出来るやつが……たぶん、おそらく……」
「大丈夫かな?」女の子が私に囁く。「さ、さぁ……」私もわからない。