椅子こん!




他人を好きになる才能に恵まれなかった。
他人を好きになる才能は努力や理屈じゃ身に付かない特別な能力だ。他人を好きになる才能に恵まれない子どもたちには、当然現実に居場所などなく──

生まれたときから敗北が決まって居た。
生まれたときから愛想笑いをし、適当に空気に馴染むふりをしてこそこそと生きねばならないことが決まって居た。


「仕方ないさ、他人を好きになることは、最初から生まれつき才能で決まるからね」

 私たちを認めてくれたのは、どこかの旅人が言っていたその言葉だけだった。
才能が有るもの、無いものが居る。
その事実自体に、なんて素晴らしいのだろうと感じた。




人間どうしのコミュニケーション、で常識を問いただされ、才能を見下されて
「あなたは良心などない、あなたは他人を好きになる才能が人間のくせに欠如している」なんて聞かされて心がズタズタになることもない。

 学校では性教育しか行われないけど、恋愛という電気信号の誕生を、間近で擬似的に体感出来るのだ。
──これは強制的な恋愛に賛成する空気が年々増している中で、救いのような画期的な実験、革命的な遊び。
私たちだって人間だ。
私たちに他人を好きになる能力がなくたって私たちは人間だ。

他人を好きになれないくらいで、なぜ見下されなくちゃならないんだ。
 理不尽だった。


才能がある人が世界を牛耳るなら、私たちの居場所は何処にある?

そんなに偉いか?
他人を好きになれれば、そんなに偉いのか?

「うわああああん!! うええええん!!! 私が、好きだって言ったああああ!!?」

──血に染まった部屋で、私はずっと、泣き続けていた。
「あああああ──ああああああああああああああああああああ────!!!
私は──誰も好きになれないのに!!
ああああああああああ────!!
わあああああああああ!!!
誰も好きになれないのに────!うわああああん!うわああああん!
もう嫌だよお!! 嫌だあああああ───!!才能だって言ったのに!?
才能だって、最初から、生まれつき、才能だって言ったのに裏切ったあああああああ────!!」

犬の首に、刃を突き立てる。
私の心に、刃を突き立てる。


「ああああああ────!!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
恋愛は特別な才能なんだ。
見下したような恋愛漫画とか、自尊心を問われるだとか、誰かが付き合うかを聞かされ続けるとか、性格が悪いのではと否定や心配されるだとか。
「愛情ってなんなのかね? そんなに電気信号が欲しいなら、向精神薬でも餌に混ぜてあげようかしら? きっと笑顔になる……
そこまでして私が、現実世界で!!
誰かを、わざわざ、わざわざ、わざわざ!!」

犬が死んだ先に、犬を救おうとして、
棍棒で打たれ眠っている男が居た。
私が好きだから辞めてほしいと、
だったら、この、『恋をしてみた』ごっこを、黙って見ていれば良いのに、辞めてほしいと言った。その上で。

「わざわざ!! わざわざ!! 私に、才能がないことを!!!わざわざ!!」

 プレゼントの箱にマッチで火を付けると紙なだけあって、よく燃えた。
ちょっとだけ嬉しくなる。
犬を殺している(好きになるごっこをしている)方がずっと幸せなのに。

「あーあ、やっぱ、叩いてるのに、どこか愛情を待ってるような顔するの、ウケるのよ。私がどれだけ現実が嫌いなのかも知らずに!!」


恋の病っていうでしょう?

恋愛が、病気なら良いのに。
そしたらこんなこと、しなくて済むんだ。
隣にいた子が、大丈夫かと聞いてくる。
純粋に労っているみたいだった。 
一部始終を見届けたのに、血だらけの私に、臆することもなく、話しかけてくる。

「他人を好きになれる人って、当たり前のように、みんなにそれを押し付けるよね?」

──どんなに他人を好きになれないと言ってきた人たちも、結局はすぐに裏切ってくる。何回も、何回も。今回だって。
例え最初は違っても、次第に嘘をつき始める。
 愛情なんかなければ、犬を殺したって、別に構わないはずなのに。通りすがりの  『   』は、そう言わなかった。


「あなたもっ、私なんか……」

「昔、本で読んだんだけど、嘘かほんとかわかんないんだけどね、失音楽症って病気があるんだって。音楽が、わかんなくなるの」
「音楽が──」
「あたまの、なかの、音楽を理解する部分がね、あるかもしれないんだって。だから、恋愛だってきっとそうだよ! 恋を理解する部分が、あるはずだよ」
「見えもしない感覚」だとか「熱に浮かされた曖昧ではっきりしない高揚感」だとかを、ことさら特別なもののように語り、暖かい、しあわせだと言って集団で持ち上げる姿勢が根強くある。
それが気持ち悪かった。
それが、気持ち悪かった。
ふわふわした、わけのわからないものを、
当然のように。

「それなのにみんな、精神論ばっかりやってるんだよ、わけわかんない、ふわふわした言葉で、全人類に通じるわけがないのに」

「万本屋北香(マモトヤキタカ)……」

感情を動かす意味やふわふわした形のないものという意味では、恋は音楽と似ている。わけがわからない。わけのわからないものなのに、誰も疑問を持とうとしない。


・・・・・・・・・・・

「ひゃああああああああああ!?」

トラックがすごいスピードで走る。
荷台に乗っている私たちは必死にしがみついた。


「武器を捨てて、投降しろー!」
同じくスピードを出して追いかけてくる車も拡声器を持っている。
見た目は乗用車っぽいが、パトカーかなにかだろうか。それとも学会員?

「げっ、万本屋北香(マモトヤキタカ)!」

カグヤの横に居たツインテールの子が叫ぶ。
「……あいつ、まだ……っ!」
運転席の金髪の子は、どんどんスピードを上げていた。荷台の網には、薄い体の
中身のなさそうなスキダがたくさん詰まって、ピチピチと跳ねている。
< 74 / 224 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop