椅子こん!



「どうして、そんなこと……」

「だから、家に来てたんだよ」

「…………」

私がなにも答えられずにいると、アサヒは男のことを思い出すように呟く。

「そういやあいついろいろ、気になることを言ってたな」

「気になること」

「器、とか『あいつら』が妬ましく思う程度の、仲睦まじさとか、恋をして他人が怪物に乗っ取られるとか──お前の家族がどうとか──」

 「────そう、なんだ……」

「まさか、お前の母親も!」

アサヒがハッとしたように言い、女の子も私を見つめた。更に更にきょうだいが増えてしまうかもしれないと危惧? してるのだろう。
クスッとなんとなく、少しだけ笑えた。けれど、すぐに悲しくもなった。
だから苦笑いのようになったけど、なるべく笑顔で答える。

「ううん──違うの。お父さんは、小さいときに魔物に乗っ取られて死んだんだ。
お母さんは誰も好きにならないって決めてたのにお父さんに根負けして、結婚して──」

「どういうことなんだ、それって」

「──うち、昔からそうなの」
 今になって、さまざまなことを思い出してきた。
コリゴリと戦っても、スライムと戦っても、私は悪魔で居られた。
冷酷で、居られたのに。
あれ……あれ。
大変だ。このままでは、泣きそう。
「意識を…………与えた相手ごと…………、変えてしまうっていうのかな…………たぶん、あれが『コクる』だと思う」
 俯きながら、なんどか呼吸を深くしながら、はやく、上を向かなくちゃと焦りながら──けど、うまく笑えない。
「お母さんたちも、私になるべく話しかけなかった。私もそうした。
誰かと話をしても、すぐにおかしくしてしまって──いつも、不気味がられた」

 ある日、市庁舎に呼ばれた。
家族の紹介の後、市長と少し話して──翌週から、44街中に、私が誰とも関わらないようにというお触れが出される。 

「当時なんか、ニュースでキムの手?
とかいうのが騒がれてて、国が緊急事態がどうとか言ってたんだけど
キムの手は、悪魔を呼ぶとかって噂もあって……」
最初はそんなファンタジーなって、笑ってたのに、スキダが広く視認され始めたと同時期にみんなそのモデルの悪魔を信じだした。
「本当に、市のあらゆる権力で極力の交流が制限されるようになってて。
 帰宅して次の朝からもう、私と会話すると悪魔が憑くという噂になってたのよ」

 お母さんたちも、お父さんが死んだとき、うちは悪魔なんだよと言っていた。
「悪魔だから、あまり他人と関わらないようにしなさい」
私は素直にそれに従い──いつしかお母さんが居なくなったあとも、それに従っていた。
「キムの手は、俺も知っているよ。
悪魔がつくかは知らないがさまざまな憶測が飛び交ってはいたな。
コクる、とか器、とかって?」

「詳しいことは……わからない。
けど、あの子が、対話のために誰かを通じて私のところに来る──今日それが、わかったの」

あの子が対話したいときに、私の意識にある何かを通じて語りかけているのだと思う。ずっと、一緒に会話するのを待っていたのだろう。

「どういうこと、えっ、怪物は?」

アサヒがおろおする。

 私が感じたのは『あの子』は普通の人にはあまりに大きすぎて、受け止め切れないんだと思うということ。
だから、全身がスキダに成り代わって壊れてしまうのかもしれない。
だとしたら、器、は────

「ぅぐ……っ、う……ううう」

「おい、なんで泣いて……」

アサヒが何か、言うがよく聞こえない。
留めていたものが決壊した。

「うああああああ──────」

 なにも聞こえない。なにもわからない。
なにも知らない。

消えてしまいたいと、そうずっと思っていた。
私が歪めた血。私が破壊した魂。汚れていく手。重圧。うち、昔からそうなの。何故?
私は、昔からそうなのに。
何故?
どうして、どうして、今になって、私は
────


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────」


 見た目通りに柔らかいスライムの笑顔や、コリゴリがこれをするしかないと言っていた場面を思い出す。
 私が消えて無くなれば無数の誰かが幸せになるのだろうか。
──だとしても、それでも私は結局、こう
やって、存在するしかないのだろう。
 街のみんなを困らせてそれでも対話を望むのが、どれだけ周りを苦しめるだろう。
それがわかっているから、私はただ冷酷で居る方を望む。


2021/0301/0:27
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