とある高校生の日常短編集
プロローグ
 ここは、どこにでもある普通の公立高校。南雲すみれ(ナグモ スミレ)は、この高校に入学し、無事に三年生として、またこの学校の風紀委員長として、高校生活を送っていた。
「おはよう」
 朝。教室に入ると既に何人か登校していたようで、すみれの声に返事をくれた。すみれは自分の席につくと、鞄の中から筆記用具やら教科書やらを取り出す。すると、そこに一人の男子生徒が近づいてきた。
「おはよう、すみれ」
「あ、おはよう、悠貴」
 話しかけてきたのは、すみれと仲が良い男子生徒にしてこの学校の生徒会長を務める、三笠悠貴(ミカサ ユウキ)。すみれとは中学校から一緒なのだが、こうして接点を持ち始めたのは高校に入ってからになる。
「今日の放課後、来週の総会のことで話があるんだけど、いい?」
「いいよ。風紀委員に顔を出してから行くね」
「うん、ありがとう。待ってるね」
 そういって去って行く悠貴。すみれはそんな彼をしばらく目で追っていた。
 悠貴は、校内でも人気者の方だ。生徒会長を務めている、というのも要因の一つなのだろうが、ルックスも頭もそれなりに良い。だけれども性格は気取っていないため、女子からは勿論、男子からも人気があるのだ。
 そんな悠貴の魅力に惹かれている一人に、すみれも例外なく入っていた。最もすみれの場合は中学校時代からの片想いで、高校は偶然にもかぶり、そのままクラスが一緒ということで悠貴と仲良くなったのだ。
(とはいえ、悠貴は校内でもトップクラスの人気者……私なんて、頑張っても”異性の友達”程度だよなぁ……)
 はぁ、とすみれの口から溜め息がこぼれる。そして席から立ち上がると、廊下にあるロッカーへ向けて歩き出そうとした、その時だった。
「お・ね・え・さ・ま~!」
 すみれの背後から誰かが抱きつこうと飛び込んできた。しかし、すみれは目もくれること無くその人物をさらりとかわす。
「もう! お姉様! わたくしの愛の抱擁をかわすだなんて、ひどいですぅ!」
 そういって、その人物は懲りずにもう一度すみれに抱きつこうとトライする。しかし、それもまたすみれにさらりとかわされてしまった。
「その前に挨拶でしょ。おはよう、六花」
「おはようございます、お姉様!」
 何故かすみれを”お姉様”と呼び、独特の口調で話すクラスメイトは、すみれの友人の一人で國松六花(クニマツ リッカ)という。彼女もすみれと一緒に風紀委員で、副委員長を務めている。ちなみに、何故すみれを”お姉様”と呼ぶのかは……すみれの中では未だに謎のままだ。
「お姉様お姉様! 本日の放課後、お時間はございまして?」
「あー、ごめん。今日は放課後、悠貴に呼び出されていて――」
 すみれがそういった瞬間、六花が悠貴の背中をキッと睨んだ。
「あんのクズ……わたくしよりも先にお姉様に手を出していたなんて……!」
「何てこと言うの。悠貴とは来週の総会の件で打ち合わせがあるだけ」
「え? それだけです?」
「え? もちろん、そうでしょ?」
 ここまで話して、六花はもう一度悠貴の背中を睨み付けた。
「あんのゲス……まさかお姉様を誘っておいて、話し合いだけで済ませたら、ただじゃおきませんです……!」
「……あのぉ、六花お嬢様。どちらかにして頂けませんか? 反応というか、リアクションに困るんですけどぉ……」



「――っ!?」
 すみれと六花がわちゃわちゃしている所から、少し離れたところにて。
 突然、謎の寒気に見舞われて身震いした悠貴。すると、傍にいた幼馴染みの副島和春(ソエジマ カズハル)が首を傾げた。
「どうしましたか?」
「あ、いや、何でも……なんかちょっと、寒気がしたような気がして……」
 常に誰に対しても敬語で話す癖のある副島に、悠貴はそう返事をする。そして、あたりをキョロキョロ見回した。
「ふむ……今朝方、体調が悪いようには見えませんでしたけど」
「うん、体調は問題ないよ。多分、アレだよ……殺気って言うか、そんな感じの奴だと思うんだけど……」
 副島に対し、不安そうに言う悠貴。副島もあたりを見回した。
「……おそらく、気のせいかと。もしくは、ほんの一時のことかと思われますが」
「だよな……」
 悠貴はそういったあと、副島にそっと耳打ちをする。
「……どっかの組の刺客が狙ってきた、とか、そういうんじゃないよな?」
「ええ、大丈夫そうです。おそらく、いつもの”アレ”かと」
「……ああ、成程」
 副島の言葉に、ちらりと離れたとある所を見て納得する悠貴。その視線の先には、すみれと六花がわちゃわちゃしていた。
「なら良いんだけど……この高校には他の組の連中はいないって言われているし……心配しすぎたか」
 そういって息を吐き出す悠貴。
 ちなみに悠貴は、誰にも言えない秘密を持っているのだ。それは、先ほどからの会話で察しが付いた方もいるだろうが……実は彼、日本ヤクザの四大勢力の一つと言われている「玄武組」というヤクザの組の、組長の息子なのである。要するに、ヤクザの息子なのだ。この事実を知っているのは、玄武組で接点のある副島と、同じく玄武組で接点のあるごく一部の生徒会役員のみで、教員でさえこの事実は知られていないのだ。
「まぁ、今日も一日平和に終わってくれれば、俺はそれで十分なんだけどさ」
「それは同感ですね。俺も、あまり厄介ごとには巻き込まれたくないですし」
 悠貴と副島はそういうと、同時にため息をついた。
「それに、何かあるとすぐに首を突っ込む人もいるからね……」
 そういって、悠貴はちらっとすみれを見た。すみれは、六花とわちゃわちゃお喋りをしているようで、こちらの視線には気がついていないようだ。
「南雲さんの事ですね」
「そっ……警察官一家の娘にして我が校の風紀委員長……本当、トラブルにすぐ首を突っ込むからさ……」
 そういってわざとらしく大きな溜め息をつく悠貴。それを見て、副島は「ふっ」と笑った。
「本当は満更でも無いんでしょう? そのトラブルに巻き込まれるのも」
「はぁ!?」
 副島の一言に、過剰な反応を示した悠貴。
「何だかんだ言って、南雲さんのこと、いつも気にかけていらっしゃるじゃありませんか」
「いや、別に、そういう訳じゃ……」
「そういえば去年、南雲さんからハロウィンにお菓子を貰えなくて”かなり”落ち込んでいた生徒会副会長様がいらっしゃいましたね」
「……俺は会長だ」
「今は、でしょ。去年のハロウィンの時点では副会長でしたよ」
 副島に言い返せず、むすっとした顔で黙り込む悠貴。そう、彼もまたすみれに、片想いをしているのである。だけれども、相手は警察官の娘でこちらはヤクザの息子。しかも、高校に入って接点こそ持てたものの、すみれに異性として見られているかも不明。加えて、悠貴の恋愛に対する奥手な性格(つまりヘタレ)が足を引っ張り、今の今まで何も出来ずにいるのだ。
「全く……素直じゃ無いですね」
「うるせぇ」
 悠貴の心情を察し尽くしている副島の一言。悠貴は何も言い返せず、ぼそっと呟いて返した。
(本当にこの奥手には困ったものです……まぁ最も、一度覚悟を決めてしまえば、驚くような行動力を発揮なさるのですが……)
 まだまだ自分の心労は続きそうだなと、心の中で溜め息をついた副島だった。
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