とある高校生の日常短編集
料理教室
 ――お恥ずかしながら、お姉様!。一緒にお料理教室へ通ってくださいませんか……!
 と六花に頼まれ、彼女と共に料理教室に参加しているすみれ。
「それじゃ、頑張ろうね、六花!」
「は、はい! お姉様!」
 すみれと六花、お互いにエプロンを着けて意気込む。すると、すみれがお向かいのテーブルを見て声を上げた。
「あれ? もしかしてあのテーブルにいるのって……」
 すみれが指さした先にいたのは、なんと悠貴と副島だった。二人ともエプロンを掛けており、これから料理教室に参加するのが見て取れた。
「悠貴と副島君だ。あの二人も料理教室に来てたんだね」
 すみれがそういうと、ふと悠貴と目が合った。すると、すみれが悠貴に笑顔で小さく手を振る。
「あれ? すみれと國松じゃん」
 悠貴がそういって、副島と共に二人のテーブルにやってきた。
「お二人も参加なさっていたんですね」
 副島がそう言うと、何故か六花の肩がびくりと揺れる。しかし、すみれはそんな六花に気がつかないまま話を続けた。
「うん。六花と二人で料理教室に通いたいねって話をしててさ。それより、二人も料理教室に来ていたんだね。意外かも」
「まぁ、このご時世、男子も料理を作れないといけないしな」
 すみれの話にそう答える悠貴。すると、すみれは首を左右に振った。
「違う違う。そういう意味じゃなくて、悠貴も副島君も料理出来そうなのに、料理教室に来たんだって思って」
「え? そっち?」
「うん。だって二人とも、調理実習の時の包丁さばきとか鍋ふり技術がすごいじゃん!」
 すみれと話して、悠貴は「あー……」と言葉を濁す。実はこの教室、悠貴と副島がいる玄武組が関わっている料理教室で、その視察をかねて参加しているのだが……そんな事、口が裂けても言えるわけもなく。
「まぁ、ほら、プロに教わりたいじゃん? どうせならさ」
 と誤魔化す悠貴。隣で副島も頷いていた。
「えー、プロに教わるまでもなさそうな腕を持っているような――」
「あー、それより、俺たちとは違うグループなんだなー」
 不満そうなすみれを、大声であえて押さえ込む悠貴。すると、すみれが河豚のように膨れて見せた。
「くれぐれも、同じグループの人に迷惑かけんなよ」
「大丈夫だって。私だって、家に帰ればお菓子くらい作れるもん」
「普通の料理は?」
「……お菓子専門、だけど……まぁ、なんとかなるもん!」
 わあわあ言い合う悠貴とすみれ。一方、先ほどからずっとだんまりの六花は、一人青い顔で俯いていた。
「……随分と顔色が優れませんね」
 そんな六花に声をかけたのは、副島だった。六花はびくっと肩を揺らし、慌てて副島の方に振り返った。
「な、な、何かご用です!?」
「顔色が優れないようですが、具合でも悪いんですか?」
「そ、そんなんじゃありませんです! 大体、あなたには関係のないこと……!!」
 六花は副島にそう言い張ると、ぷいっとそっぽを向いた。すると、副島はやれやれと言わんばかりの溜め息をつく。
「それじゃ、始めますので、皆さん席についてください!」
 料理教室の先生の一声で、悠貴と副島は「それじゃ」と自分たちのテーブルに戻る。すみれ達も自分たちのテーブルにある椅子に腰掛けた。
 そして始まった説明。今日はカボチャのスープとハンバーグを作るようだ。一通り説明が終わると、早速手を洗って材料洗いから始まった。
「えーっと、かぼちゃと玉ねぎだね。あと、にんじんも洗って……」
「俺たち、挽肉の解凍をしてくるね」
「あ、お願いします」
 すみれが野菜をシンクに移していると、同じグループの男性二人が挽肉を持って電子レンジへ向かっていった。それを見送ると、すみれは袖をまくる。
「ようし! それじゃ、洗っていこうか! 六花、かぼちゃとにんじんをお願いしてもいい? 私は玉ねぎをやっちゃうから」
「は、はい!」
 すみれに頼まれ、六花もまた袖をまくった。そして、しばらくかぼちゃとにんじんを見つめていたが……
「六花? 大丈夫?」
 すみれが声をかける。すると、六花は「あ、はい、大丈夫ですぅ!」と言って、水道をひねるとシンクに設置されているスポンジを手に取った。そしてそれを水に濡らすと、食器用洗剤をスポンジに染みこませ、何度が揉んで泡立たせる。そして……
「……え? ちょ、六花!? ストップストーップ!」
「え?」
 すみれに止められて、手を止める六花。
「六花? それ、食器用洗剤だよね?」
「え、ええ。泥を落とすには洗剤を使うんですよね?」
「うーんと……野菜を洗うときは、水洗いだけで大丈夫だよ?」
 すみれに言われて、六花は「えっ」と固まる。そして、恥ずかしさからか顔を赤らめた。
「ま、まぁまぁ、しょうがないしょうがない! 誰だってそういう勘違いあるよ! ね?」
 一生懸命六花を慰めるすみれ。六花は小さく頷くと、スポンジを元ある場所に返した。
「そのスポンジは、後でそのまま使えそうだね」
「……です……」
「さ、さぁ! 水で洗っちゃおう!」
 すみれは、六花の背中を優しく叩いて作業を促した。
 ちなみに六花は、國松財閥と呼ばれる大財閥の娘で、家に帰れば大勢の家政婦やメイド、執事達に囲まれて暮らしている、生粋のお嬢様なのだ。だから、普段からこういった家事などは一切手をつけないのだが……どういう訳か、最近自力で料理をしたくなったとかで、こうしてすみれを誘って料理教室に参加したのだ。勿論、六花の事情をよく把握しているすみれも、彼女が傷つかないように全力でフォローするつもりではいるのだが……
「それじゃ、次は皮むきだね!」
 無事野菜を洗い終え、すみれはまな板の上にかぼちゃを乗せる。
「大丈夫? かぼちゃ、固いから俺たちが切ろうか?」
 すると、同じグループの男性がこえをかけてくれた。しかし、すみれは笑顔で首を左右に振った。
「大丈夫です! このまえ、かぼちゃのシフォンケーキを作ったときにやったので!」
「そ、そう? それじゃ、無理しないでね?」
「はい、ありがとうございます」
 そういって、包丁を二本取り出す。一本を六花の前に置いた。
「それじゃ、かぼちゃは難しいから私が切るね。六花は、あとで一緒ににんじんを切ろうか」
「はい、お姉様!」
「ようし、それじゃ……」
 すみれはそう言うと、すぅ……っと呼吸を整える。そして、包丁を両手で握ると、そのまま頭上まで持ち上げ……
「ていやっ!」
 ドタッ!!
 ひと思いに振り下ろし、見事にかぼちゃを一撃で真っ二つにしてしまった。
「おお! 一発で切れ――」
「ちょっとすみれ!? 今の何の音!?」
 満面の笑みを見せたすみれのもとに、青い顔の悠貴が飛んできた。
「あ、見て見て悠貴! かぼちゃ、きれいに切れたでしょ?」
「いや、そうなんだけど……あなた一体、どうやってかぼちゃを切ったの?」
 悠貴がそういうと、すみれはまた先ほどと同じポーズを取った。包丁を両手で持って頭上高くに持ち上げ……
「このまま、思いっきり振り下ろすと切れるよ」
「あー、成程ね。それだと、かぼちゃ以外も切れそうだね」
「あ、よく分かったね! 家でやったら、まな板がヒビまみれになっちゃってさ、買い換えたんだよねぇ」
「あー、でしょうね。そしてお姉さん、怖いからその包丁を下ろして頂けません?」
 悠貴がそういうと、すみれは「あ、ごめん」と言って包丁を下ろす。その向かいで、すみれ達と同じグループの男性二人がお互いに抱き合ってわなわな震えていた。
「えっとね……かぼちゃを切るときは、そんな大技を使わなくてもいいんだよ」
 悠貴はそういうと、前髪をがしがしと掻いた。それを見て、すみれは首を傾げる。
「え? でも、こうしないと切れないよね?」
「いや、そうなんだけど、コツがあって……あー、もういいや」
 悠貴はそういうと、先生に声をかけた。すみれが野菜を切ると称してまな板や台所を損壊する前に、グループのメンバーを入れ替えても良いかと。先生もすみれと六花の様子を見てひやひやしていたようで、快諾してくれ、結果、悠貴と副島がすみれ達のグループに入ることになり、あの男性二人が悠貴達のグループに入った。
「いい? よく見ててよ。かぼちゃっていうのは固いから、確かに力わざにはなるんだけど……」
 悠貴はそういうと、かぼちゃをさくっと切って見せた。
「こうやって体重をかければ切れるし……ほら、まな板だって傷ついてないでしょ?」
「へー、本当だ!」
「ほら、やってごらん」
 こうして、悠貴が監督のもとで始まった、すみれのかぼちゃ切り。そんな二人の様子を、六花は胸の前で包丁を握りしめながら見つめていた。
「……お嬢様、随分と物騒な物をお持ちのようですが、一体何をなさる気で?」
 そんな六花に声をかけたのは、副島だった。六花は我に返ると、副島の方に振り向く。
「な、何って、わたくしはただ、にんじんを切りたいだけで……」
「でしたら、ここにあるまな板を使って切ってみてはいかがですか?」
 副島はそういうと、六花の前にまな板とにんじんを差し出した。六花はまな板の前に向き直り、にんじんとまな板を睨み付ける。
「ちょっとすみれ。それだと、左手を切りそうで怖いんだけど……」
「だって、こうしないと力が入らないから切りにくくて……」
 その隣では、悠貴がかぼちゃを、すみれが玉ねぎを切っていた。
「聞いたことない? 包丁を使うとき、左手は猫の手って」
 悠貴がそういうと、すみれが一瞬フリーズする。そして、何を思ったのか左手をたまねぎから外し……
「にゃん?」
 といって、左手で招き猫の手を作って見せた。
「……そ、そうだね……そんな感じ……」
 そんなすみれに、不覚にも「可愛い」とときめいてしまった悠貴は、必死に自分を律する。一方のすみれは、招き猫の手を作った左手を、何故か「にゃん!」と言いながらそのまま玉ねぎの上にドンッと乗せた。
「あー……っと……ふぅー……」
 二度にわたるすみれの「にゃん」攻撃に、悶絶したい自分を必死に押さえ込む悠貴。すみれはそんな悠貴に構うことなく、招き猫の手のまま切り始めた。
「……んー、やっぱ切りにくいよぉ」
 そして、二、三回切ったところで音をあげた。すると、その声に悠貴が我に返る。
「うんとね、その手だと俺でも切りにくいかな」
 悠貴はそういうと、自分の左手をすみれの前に出した。
「握り拳じゃなくて……こうやって、第二関節を曲げるんだよ。んで、こうやって添えて切るんだ」
 悠貴の説明を聞いて、すみれが「へー」と言いながら真似をする。
「猫の、手……」
 悠貴とすみれのやり取りを横から見ていた六花もまた、同じように左手を猫の手にしてにんじんに添えた。
「……」
 にんじんに、まるで自分の全神経を集中させているような眼差しを向ける六花。右手で握っている包丁を、恐る恐るにんじんに乗せる。そして、にんじんを切ろうとするのだが……
「……?」
 六花は困惑した。何故なら、にんじんが切れないからだ。いや、正確には「包丁が動かない」のだが。どうしてなのだろうか……と、六花の頭の中が「?」で埋め尽くされた時だった。
「包丁を握る力が強すぎますよ」
 そう声をかけたのは、ずっと隣で六花達の様子を見守っていた副島だった。
「もう少し握る力を緩めてください。後は下に押し込めば動きますから」
 副島の指示に、ガチガチになりながらも従う六花。すると、先ほどまでピクリとも動かなかった包丁が、すとん、とにんじんを切った。
「あっ……!」
「本当は包丁を少し動かしたい所ですが……もう少し慣れてからにしましょうか」
 こうして、こちらでは副島が監督のもと、六花のにんじん切りが始まった。
「少し慣れましたね。では次は、切るときに上から押すのではなく、包丁を少し前に動かしていきましょう」
「えっ……と……」
「力まないでください。リラックスすれば出来ますから」
 穏やかな雰囲気でにんじんを切っていく副島と六花。
「……」
「包丁の動かし方がぎこちないですね」
「しょ、しょうがないでしょ! もう、貴方という人は――」
「はいはい。お手本を見せますから、覚えてくださいね」
 六花の強気な言葉を退け、副島はおもむろに彼女の背後に回った。そして――
(なっ……!!)
 六花の顔が赤くなる。何故なら、副島が六花の背後から、包丁を握る彼女の手の上に自分の手を重ねたからだ。
「こういう風に動かせば、そこまで力を入れずとも切れますから」
「うっ……わ、わかりましてよ……」
 至近距離で聞こえる副島の声に、そして背中から感じる彼のぬくもりに、六花の心臓が痛いほど高鳴る。
「では、実践してみましょうか」
 そう言って、副島が六花から離れた。最初こそ離れたことに安心した六花だったが、その後、謎の寂しさが胸の中にふと込み上げてきた。
(あ、あら? どうしたんです? わたしくし。あんな野蛮人に離れて貰って、嬉しいはずなのに……なんで、こんな……)
「どうしたんですか?」
 一人困惑していると、横から副島が声をかけてくる。六花は「な、何でもないですぅ!」というと、にんじんをまた切り始めた。
「……なんかあの二人、良い感じだね」
 そんな六花と副島をみて、微笑ましそうに言うすみれ。悠貴も頷いた。
「そうだな……そしてすみれさん。どうして包丁をそんな高いところで持っているんですかね?」
「え? こっから玉ねぎを更に細かくしたくて……」
「成程……そのまま高いところから包丁を連続で叩きつけてみじん切りにしようと?」
「そうそう! だって、そういう切り方あるよね?」
「あるけど……すみれのやり方だと、みじん切りじゃなくて”木っ端微塵”切りだよ……」
「え? 何が違うの?」
 ……このグループは、まず包丁の扱いからの指導が必要なようだ。悠貴はすみれと六花をみて、心の底から思った。



 ……あれからしばらくして、悠貴と副島の手厚いフォローと指導により、すみれと六花は何とかかぼちゃのスープとハンバーグを作り上げたそうだ。
「ん~、おいひぃ~」
「……すみれって、どちらかと言うと、作るより食べる方が向いている気がするんだけどなぁ……」
「ちょっと悠貴、それ、どういう意味?」
「いや、独り言」
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