とある高校生の日常短編集
ヤクザの娘VS風紀委員長
「ちょっとアンタ、アタシに楯突いたらどうなるか分かってんの?」
「ひぃっ……!」
「アタシのパパは、超こわぁいヤクザなんだからね! ボコられたくなかったら、さっさと買って来いよ!」
「は、はい……!」
 薄暗い階段の踊り場にて、1人の女子生徒が別の女子生徒に向かって怒鳴っていた。怒鳴られていた女子生徒は、言われるがままに購買へ向けて駆け出して行く。
「片野(かたの)さんに楯突くとか、ただの馬鹿なんですかね〜」
「本当本当。身の程知らずにも程がありますよね、片野さん」
 駆け出して行った女子生徒を見てクスクス後ろで笑うは、先程怒鳴っていた女子生徒……片野の取り巻きの女子生徒2人だ。
「本当。ああいう地味子は、黙ってアタシにパシられてろっつーの」
 片野はそういうと、下ろしている長い髪を片手でサッと後ろにはね上げる。
「……」
 そして、そんな片野の様子を物影から見つめる人影があった。



「ふぅ……間に合ったぁ」
「良かったです、お姉様」
 購買から教室へ、肩を並べて歩くのはすみれと六花。
「本当だよ。まさか今日、お弁当を忘れて来るとは……私もボケたなぁ……」
「たまたまですよ、お姉様。きっとお疲れなんです」 
 どうやらお昼を忘れたすみれが、六花と共に購買へ買い物に行った帰りのようだ。
「でも、ちょっと気になってたんだよね、購買のパン! メロンパンもさながら、カレーパンとかどんな感じなのか今から楽し――」
「おい! 何買ってきてんだよ! アンタは買い物もできないわけ?!」
 すみれの声を遮る怒声。すみれは思わず、六花と共に足を止めた。怒声の方に目を向ければ、1人の女子生徒が3人の女子生徒……うち1人は片野である……に囲まれているではないか。
「アタシはバナナオレを買って来いって言ったの! なのに何でいちごオレ買ってきてんだよ! 使えねぇな!」
「だ、だって……バナナオレ、売ってなくて……!」
「本当、使えねぇな! 売ってなければ探してこいよ!」
「そ、そんな――」
「は? アタシに楯突くつもり? 地味子の分際で生意気じゃん」
 怒鳴る片野と、怯える女子生徒。片野はいちごオレの口を開けた。
「アタシに楯突くとどうなるか、教えてあげる」
 そして、片野は手に持っているいちごオレを女子生徒に向かってかけようとし――
「何しているんですか」
 その腕を、すみれが掴んで止めた。
「なっ――アンタ、誰? 邪魔しないでくれる?」
 すると、邪魔されたことに腹を立てた片野がすみれを睨む。しかし、すみれは顔色1つ変えることなく、あの風紀委員長の顔で片野を見つめ返した。
「もう一度お尋ねします。何をしているんですか」
 凛とした口調で続けるすみれ。片野が「何コイツ」という顔をしていると、取り巻きの1人が片野に耳打ちした。
「片野さん。コイツ、風紀委員長の南雲すみれって人ですよ」
 取り巻きに耳打ちされて、片野は舌打ちする。
「アタシはただ、この地味子と遊んであげていただけだっつーの」
「では何故、口の空いた飲み物を人様に向けているのですか?」
「遊びだって言ってんでしょ!」
 片野はそういうと、口の空いたいちごオレを持ったまますみれの手を振り払う。すると、中身が零れてすみれの髪にピシャッとかかった。
「っ――!」
 驚いて、反射的に身を引くすみれ。すると、片野は勝ち誇ったように笑った。
「アタシに楯突いた罰だね! この程度で済んだこと、せいぜい感謝しな!」
 片野はそういうと、取り巻きを連れて立ち去って行く。その姿が見えなくなると、そこに六花と、恐喝されていた女子生徒が駆け寄った。
「風紀委員長、大丈夫!?」
「お姉様、このタオルをお使いください!」
 2人に声をかけられて、すみれはいつもの笑顔を見せる。
「ありがとう、2人とも。私なら大丈夫だよ」
 すみれはそういうと、六花が差し出したタオルを受け取る。
「お姉様の綺麗な御髪を汚すとは……許すまじです……!」
「六花、どうどう。それより、貴方は大丈夫?」
 怒る六花をなだめつつ、先程まで怒鳴られていつ女子生徒を見るすみれ。すると、女子生徒は「へっ?」と肩を揺らした。
「あら……貴方、隣のクラスの笹野(ささの)さんではありませんか」
 すると、六花が目を丸くしながら話す。それを聞いて、女子生徒こと笹野は俯いた。
「わ、私なら大丈夫だよ……それより、風紀委員長の方がやばいって!」
 そして、焦ったような顔ですみれを見る笹野。すみれは首を傾げた。
「私?」
「そうだよ! あの人……片野さんのお父さんは、結構有名どころのヤクザだって……だから、片野さんに目をつけられたら何をされるか――」
 笹野がそういうと、すみれは「んー」と考えた。
「ヤクザ……ってことは、反社か……」
「……え、ハンシャ?」
 ふと、ぽつりと呟いたすみれ。それに対し、笹野は不思議そうに首を傾げた。
「反社会的勢力の略称のことです」
 そんな笹野に助け舟を出すように、六花が説明する。それを聞いて、すみれは頷いた。
「そうそう。そういった奴らは、警察とは因縁の仲なんだよねぇ……」
 すみれはそういうと、「うーん」と考え込む。その口元が心なしか笑っているように見えるのは、気のせいだろうか。
「ヤクザの娘に喧嘩を売って、ヤクザとタイマン、か……」
「お姉様! そんな物騒なことはおやめ下さいなのです!」
「あはは、冗談だよ」
「お姉様が言うと、冗談に聞こえないのです」
 怖い笑顔で呟くすみれを止める六花。すると、笹野が口を開いた。
「いくら風紀委員長でも、本当のヤクザ相手は危険だと思うよ……だから――」
「心配ありがとう。けど、私はそれより、虎の威を借る狐で人をこき使うことの方が許せないかな」
 笹野の声をさえぎって、すみれが話し出す。すみれはふと笹野の方に振り向いた。
「だから、困ったことや嫌なことがあったら、ひとりで抱えずに私に教えてね」
 すみれはそういうと、ニコリと笑う。その笑顔に、笹野は安堵したような笑みを浮かべ、「うん」と頷いて見せた。



「たっだいまぁ」
「戻りました」
 あの後、何事も無かったかのように教室へ戻ったすみれと六花。すると、悠貴と副島が振り返って2人を出迎えた。
「おかえりなさいませ」
「おかえり、すみれ、國松。購買では買えた――」
 副島に続いて声をかけようとした悠貴だったが、すみれの様子を見て言葉を詰まらせた。
「買えたよ! 購買人気ナンバーワンのカレーパンと、私が好きなメロンパン!」
 ルンルンの笑顔で、買ってきたものを見せるすみれ。すると、悠貴はおもむろに立ち上がり、すみれの真横に立った。
「……どうしたの?」
 悠貴の行動に首を傾げるすみれ。悠貴はしばらくすみれを見つめた後、前髪をひと房手に取った。そして、そこに顔を近づける。
「……なんか、すみれから甘い匂いがする……何かジュースでも被った?」
 悠貴がそういうと、すみれは驚いたように目を丸くさせる。
「よく分かったね! 色々あって、いちごオレを被っちゃってさ」
「色々?」
「うん、色々」
「色々って?」
 悠貴にそう問われ、すみれは先程の片野との出来事を簡潔に伝える。話を聞き終えたあと、悠貴はすみれの前髪から手を離して考え込む仕草を見せた。
「ふぅん……ヤクザの娘、ねぇ……」
 悠貴はそういうと、ちらりと副島を見る。副島は悠貴からの視線を受けて、1度だけ小さく頷いた。
「まぁ、私としては、反社との交戦なんて本物の警察さながらの仕事だし? 風紀委員の仕事としては申し分ないというか――」
「お・ね・え・さ・ま!」
「あ、あはは……冗談だって」
 どこか目を輝かせて話すすみれを、至極苦々しい顔で止める六花。
「國松の言う通りだぞ、すみれ。それに、反社会的勢力との交戦は警察の仕事であって、一介の学校の風紀委員が携わるべきじゃない」
 すると、六花に合わせて悠貴が苦々しく言う。その後ろでは副島も頷いており、流石のすみれも「はぁい……」としょぼくれた。
「とはいえ、お怪我は無いようで安心しました」
 そんなすみれを見てか、副島が話を変える。悠貴も、副島に同調するように何度も頷いた。
「まぁ、いちごオレ被るくらいなら私もどうって事ないんだけど……」
「いや、どうって事あるから」
「それよりも、笹野さんのほうが気がかりなんだよねぇ……」
 悠貴のセリフはスルーして、悩むように呟くすみれ。
「けど、今のところ、片野さんによる直接的な被害や校則違反の報告は受けていないから……」
「風紀委員としては、取り締まれない訳ですね」
「そうなのよぉ……」
 副島のセリフに頷くすみれ。すると、悠貴が「うーん」と唸った。
「まぁ、迂闊に踏み込んでややこしくしたり、拗れさせたりする訳にもいかないから……様子見ってところかな」
「うーん……」
「先生には、俺から報告を上げておくよ。風紀委員の仕事でもないだろうし」
 悠貴がそう説得すると、すみれは「……分かった」と渋々頷いた。



 後日。
 あの日以来、購買部のメロンパンにハマったすみれは、ちょくちょく購買部へ行くようになっていた。今日も今日とて、無事にメロンパンを手に入れて、六花と一緒に教室へ戻っていたのだが……
「はぁ!? 本当に使えないんだけど!」
 階段の方から聞こえた怒声。片野の声だ。すみれは足を止めると、六花と共に声の方へ向かう。すると、片野と取り巻き2人が、笹野を取り囲むように立っていた。
「もういい。自分で買ってくるから金よこせよ」
「えっ!? そ、それは……」
「は? アタシに楯突くの? 地味子の分際で?」
「で、でも……」
「さっさと財布出せよ。それとも、そんなにアタシのパパに会いたいわけ?」
 金を出せと手を出す片野。笹野はどうしようかとオロオロしている。
「片野さん。コイツ、どうやら片野さんのお父さんにボコられたいらしいっすよ」
 すると、取り巻きの1人が笑いながら片野に告げる。それを聞いて、片野は「へぇ」と笑った。
「いい度胸じゃん。それじゃ、今からパパに電話してあげる」
「えっ……!?」
「アタシに逆らうってことは、そういう事だから」
 片野の言葉に、顔を青くさせる笹野。しかし、片野は構うことなくスマホを手に持った。その瞬間――
「ご、ごめんなさい!」
 笹野は謝りながら、自分の財布を差し出す。すると、片野はニヤニヤ笑いながらスマホをしまい、笹野の財布を取り上げた。
「最初っから素直に言うこと聞いてりゃいいんだよ」
 片野はそういうと、笹野の財布を開けて1000円札を引き抜く。その時だった。
「生徒間での金銭の貸し借りは、校則違反です」
 凛としたすみれの声が響く。4人が驚いて振り返ると、風紀委員の顔をしたすみれが、険しい目付きで片野を見ていた。
「は? お前……」
「もう一度申し上げます。生徒間での金銭の貸し借りは、校則違反です。速やかに本人に返却してください」
 驚く片野に、淡々と話すすみれ。すると、片野は「は?」と答えた。
「貸し借りじゃねぇし。コイツが買い物1つできないって言うから、アタシが代わりに買って来てやるって言ってんだよ。だから、貸し借りじゃないじゃん」
「いいえ、充分貸し借りに値します。代わりとは言えど、一時的にお金を本人から他人に渡す時点で、それは譲渡および貸し借りすることになります。それにその買い物は、果たして笹野さんの買い物なんでしょうか」
 片野に対し、淡々とした姿勢をキープしたまま話し続けるすみれ。すると、片野は鼻で笑ってすみれを見た。
「なに? アンタもアタシに楯突くつもり? そんな生意気な口きいてると、どうなるか知ってんの?」
 片野がそういうと、片野の取り巻き2人が「そうだそうだ!」と彼女を煽る。
「アタシのパパ、チョーこわぁいヤクザなんだからね! しかも、ヤクザ界では有名な“玄武組”っていうスゲー所に入ってるから……アンタみたいなのなんて、簡単にボコボコにしちゃうんだから!」
「それが?」
 まるで勝ち誇ったように言う片野の鼻をへし折るように、すみれがキッパリと言い放つ。すると、片野は「え?」と言わんばかりの顔を見せた。
「玄武組は存じていますが……玄武組だろうが他の組だろうが、ヤクザは警察にとって、言わば因縁の相手です。むしろ、お呼び頂けるのであれば臨むことろですよ」
 スパッと言い放つすみれ。すると、片野は悔しそうに舌打ちをすると、1000円札と財布を笹野に投げつけた。
「きゃっ……!」
「これでいいんでしょ! 後で覚えておきなさいよ!!」
 片野は捨て台詞とも取れるセリフを吐き捨てると、そのまま肩を怒らせて、取り巻き二人と共に立ち去って行った。
「……はぁ、まったく……虎の威を借る狐とはまさにこのこ――」
「おーねーえーさーまぁ!」
 ため息をつくすみれに、鬼の形相で迫る六花。すると、すみれは思わず「うわっ!?」と声を上げた。
「何故あのような、挑発的な事をおっしゃったのです!? 本当に呼ばれたら、どうするおつもりです!?」
「え? そりゃもちろん相手になるけ――」
「なってはいけないですぅ!!!!!」
「あがががががが……!」
 六花は叫びながら、すみれの両肩を手で掴んでガクガクとすみれを揺らす。
「あの、そんなに揺すると首の骨が……」
 見かねた笹野が止めに入ると、六花は「はっ!」と言って揺さぶることをやめた。
「つい、怒りのあまり……ですが、これはお姉様が悪いのですよ!」
「め、目がぁ……回るぅ……」
「お姉様、聞いてます? 流石にこの一件、会長様に報告致しますからね!」
「いや、そんな大事にしなくても――」
「六花は怒っているのです! 止めても無駄です!」
 目を回すすみれを置いて、六花は教室に向けてスタスタと歩き出す。すみれは慌てて六花を追おうとしたが、ふと何かに気がついたように笹野を見た。
「笹野さんのお金、取り返せて良かったよ」
「え? あ……」
「この前も言ったけど、困ったことや嫌なことがあったら教えてね。こういう時は、助けを求めていいんだよ」
 すみれは笹野にそれだけ言い残すと、慌てて六花の後を追いかけた。



 帰り道。風紀委員会の仕事を終えたすみれは、六花と共に帰路についていた。
「もぉ……六花が告げ口するから、悠貴に迷惑かけちゃったじゃん……」
「いいえ。今回、私は何も悪くないです。お姉様の自業自得ということで、反省して欲しいのです」
「うぅ……」
 とぼとぼ歩くすみれに対し、シャキシャキと歩く六花。ちなみにあの後、六花に告げ口されたすみれは、見事悠貴からお説教をされたのだ。
「はぁ……まぁ、これ以上迷惑をかけない為にも、悠貴達とはこっそり別に帰ってみたけど……」
 すみれはそういうと、カバンを持ち直して姿勢をただす。
「まぁ、片野さんのお父さんが本当にヤクザだって確定している訳でもないし。仮に事実だとして喧嘩をふっかけられても、この南雲すみれが成敗してやるんだから!!」
「うーん……頼もしいのでしょうが……不安です……」
 意気込むすみれを見て、不安そうな顔をする六花。2人でそのまま話しながら歩いていると、ふと横道から片野が出てきた。
「ちょっと」
「あれ、片野さん?」
 片野が、すみれと六花の進路を塞ぐように仁王立ちする。すみれは首を傾げながらも、六花と共に立ち止まった。
「風紀委員だかなんだか知らないけど、よくもアタシに恥をかかせてくれたね!」
「恥……?」
「ヤクザが相手だろうが、臨むことろなんでしょ? だから、実際に連れてきてあげたわよ!」
 首を傾げるすみれに、片野は仁王立ちのまますみれを見おろす。そして、片野が言い切ると同時に、先程彼女が出てきた場所から男が出てきた。明らかにガラの悪い、大柄の男だ。
「で、こいつか? 俺の娘をいじめてくるって奴は」
 男がそう言うと、片野は急に高めのトーンで「うん!」と言い出した。
「そうなの、パパ! コイツ、アタシのことを馬鹿にしてくるの! やっつけてよ!」
 片野がそういうと、男――おそらく片野の父と思われる男が、両手を合わせてポキポキと鳴らした。
「うちの娘をバカにするたぁ、いい度胸してんじゃねぇか。覚悟は出来ているんだろうなぁ?」
 片野の父がそう言うと、すみれは六花を自分の背に庇った。
「……玄武組は、もう少し平和的な組織だと聞いておりましたが……存外、そうでもないようですね」
「ああ!? お前、玄武組を舐めてんのか!?」
「舐めてはおりませんよ。ただ、噂と随分違うなと思っただけですが」
「こんのアマ!!」
 すみれの態度に、頭に血を昇らせる片野の父。
「お姉様! 危険で――」
「六花は逃げて。ここは何とかする」
「でも――」
「いいから」
 背後で心配そうに叫ぶ六花。しかし、すみれは振り向くこと無く六花に逃げるように促し続けた。
「ウチを馬鹿にしたこと、後悔させてやるからな!」
「いっけぇ、パパー!」
 怒声をあげる片野の父と、あおりをかける片野。片野の父は拳を作ると、すみれの顔面目掛けて突き出した。
「っ――!」
 何とか六花を庇いながらよけなきゃ……そう思いながら、片野の父が放つ拳を睨んでいると――
「待った!」
「なっ!?」
 何者かが、すみれと片野の父の間に横から割り込んできた。そして、片野の父の腕を掴んで攻撃を妨害していた。
「はぁ、はぁ、はぁ……間に合った……」
「……悠貴?」
 肩で息をしながら現れたのは、悠貴だった。すみれが呆然と悠貴の後ろ姿を見ていると、不意に背後から手をひかれる。
「わっ――」
「お2人とも、こちらへ!」
 すみれの手を引いたのは、2年生の生徒会副会長。副会長はすみれと六花の手を取り、学校方面へ向けて駆け出していた。
「ちょ、待って! 悠貴が――」
「会長なら大丈夫です! 副島副会長もいます! それより、今は逃げるが勝ちです!」
 すみれに答えながら走り続ける副会長。すみれは、遠のく悠貴の後ろ姿を見ながら、引かれるがままに走った。

「てめぇ、何すんだよ!」
 一方、取り残された悠貴を睨みつける片野の父。すると、悠貴の後ろから副島がかけて来た。
「ふぅ……遅れました、悠貴」
「大丈夫……何とか間に合ったから……」
 副島も悠貴も、息を整えながら会話を交わす。すると、片野がムスッとした顔を見せた。
「ちょっと! 何で会長達がこんなところにいるわけ!?」
 片野に問われて、悠貴は息を整えた後に口を開いた。
「簡単だよ。組員の1人が途中で抜け出したって聞いたから、すみれの後を追って来た」
「は? 組員って……どういう……?」
 悠貴の説明に、首を傾げる片野。すると、悠貴は片野の父を見つめながら口を開いた。
「だから、“ウチ”の組員で誰か抜け出したら、俺に連絡するように頼んでおいたんだよ。な? 和春」
 悠貴がそう言うと、副島はコクリと頷く。直後、片野の父が「え……?」と驚嘆の声をこぼした。
「悠貴に、和春……ウチの組員って……まさか――!?」
 片野の父はそういうと、よろけるように後ずさる。それを見て、悠貴は手を離した。
「ちょっとパパ! どうしたの? パパはチョー強いヤクザなんでしょ? 国内でもトップクラスの玄武組っていう――」
「そこまでウチを褒めてもらえるとは、ありがたいですね」
 片野は父にしがみついたが、悠貴の意味深長な発言に「は?」と言って彼を睨んだ。
「だから、ウチの事をそこまで褒めてもらえるとは光栄ですって言ったんですよ」
「ウチ? 何で会長がそんなこと言うわけ? 大体、会長は関係無くない?」
 悠貴に対し、冷たい目で話す片野。すると、今まで黙って見ていた副島が、わざとらしく大きな咳払いをしてみせた。
「そう言えば、まだ名乗っておりませんでしたね」
 副島はそういうと、悠貴の隣に並ぶ。
「片野様のお父様ですね。娘様にはお世話になっております。生徒会副会長を務めている、副島和春と申します」
「副島……!?」
 副島が名乗っただけで、片野の父の顔色が青くなる。
「そして、隣にいるのが、我が校の生徒会長を務めます……三笠悠貴です」
「み、三笠……そんな……!!」
 そして、副島が悠貴を紹介した途端、片野の父はガタガタと震え出した。
「娘様には、お世話になっております」
 悠貴が、ニコッという効果音がつきそうな笑顔を見せる。その瞬間、片野の父は「ひぇー!」と叫びながら土下座した。
「も、もももももも申し訳ございません!」
「え、ちょ、パパ? どうしたの?」
 態度が豹変した父親に、戸惑う片野。
「まさか、坊っちゃんだとはつゆ知らず……この御無礼、どうかお許しください……!!」
「まぁまぁ、顔をあげてくださいよ、片野さん」
 土下座する片野の父に、優しい声色で話しかける悠貴。すると、片野の父は恐る恐る顔を上げた。
「ここは往来の真ん中ですし、人目もありますから、どうぞ立ち上がってください」
「でも――」
「いいですよね?」
「は、はい――!」
 有無を言わさぬ圧で悠貴に言われ、片野の父は素早く立ち上がる。
「ちょ、何でパパ、会長にビビってんの? てか、坊っちゃんって――」
「おや、ご存知ないのですか?」
 困惑する片野を見て、副島が口を開く。すると、片野は「は?」と言って副島を見た。
「片野さんのお父様が所属されている組織……玄武組の組長の息子なんですよ、悠貴は」
「えっ……」
 副島の話を聞いて、やっと状況を理解した片野。
「ちょ、待って! 初めて聞いたんだけど!」
「でしょうね。この事実を知っているのは、一部の生徒会メンバーのみですから」
「は? 先生も知らないの?」
「はい」
 片野の質問に、全てきっちり答える副島。
「さて、そんなことより……この状況、どういうことか説明して頂けますか?」
 副島と片野が会話を終えた頃、悠貴がニッコリと笑ったまま片野の父を見る。すると、片野の父は「ひいっ!」と叫んだ後、話し始めた。
「お、お許しください! 俺はただ、娘が学校でいじめられていると聞いて――」
「それで、わざわざウチの生徒に手をあげに来たと」
 片野の父の最後の一言を悠貴が言うと、片野の父は震えながら頷いた。
「まぁ、確かに、我が娘に何かあったら駆けつけたくなるのが親心なんでしょうが……」
 悠貴はそういうと、片野の父に向けて1歩前に出る。片野の父は「ひっ!」と固まった。
「それは……日頃、あなたの娘が『私の父親、ヤクザだから』と言い回っては他の生徒を脅し、パシリにしていることを知っての行動で?」
 ジロリと、悠貴の鋭い眼差しが片野の父を睨む。口元はいまだにニッコリと笑っているが。
「なっ……そ、それは――」
「それでいて、娘を守るために生徒へ暴力をふるう……そんなこと、我が玄武組が許すとでも?」
「ぼ、坊っちゃん! お待ちください! 俺は、娘がそんなことをしているなんて知らなくって――」
「だったら尚更だよなぁ?」
 最後の一言を言い放つ悠貴の声が、地を這うように低くなる。この声には、片野の父も片野も、「ひいっ!」と肩をすくませた。
「事実確認も何もせず突っ走りやがって……そのまま罪のない生徒を――女、子どもを殴ってご満悦か?」
「あ……それ、は……!」
 悠貴のスイッチが入り、地を這うような声に殺気が加わる。副島は後ろで、そんな悠貴を静かに見守っていた。
「本当に申し訳ございませんでした! どうか、どうかお許しを……」
 片野の父はそういうと、豪快に頭を下げる。更に、隣で固まっている片野の頭を手でつかみ、強引に下を向かせた。
「お前も謝れ!」
「ちょ、なんで!? アタシ、何も悪くないんだけ――」
「これ以上、坊っちゃんを怒らせるつもりか……!?」
 小声でヒソヒソとやり取りをする片野親子。しかし、片野の表情は依然としており……
「この通り、娘にはキツく言い聞かせておくんで……どうか、どうか頭だけには――!!」
 懇願する片野の父。それを聞いて、副島が「どうしますか?」と悠貴に尋ねた。
「いや、報告する」
 悠貴の一言で、片野の父の顔が真っ青になる。
「ウチの生徒に手を出しておいて、タダで済むわけが無いだろう」
 悠貴はそういうと、片野親子に背を向けた。すると、片野の父がその背中に向かって必死に叫ぶ。
「お待ちください、坊っちゃん! どうか、どうか破門だけは――!」
「それを決めんのは親父だ」
 片野の父に、悠貴は至極不機嫌そうな声で一言。それだけを言い残し、どこかへ向けて歩き出した。
(俺の女(すみれ)に手を出しておいて、タダで済むと思うなよ)
 そう、心の中で呟きながら。 
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