とある高校生の日常短編集
 すみれと六花が2年の生徒会副会長に連れられてやって来たのは、古民家風の喫茶店だった。今は3人で店内に入り、のんびり紅茶をすすっている。
「……」
 そんな中、浮かない顔のすみれ。無理も無い話だ。本物のヤクザ相手に、悠貴を1人置いてきてしまったのだから。
「……何故、ここに私たちを連れてきたのです?」
 ふと、六花が副会長に尋ねる。すると、副会長は紅茶を飲んでから答えた。
「会長からの指示です。2人を連れて、このお店に逃げろ、と」
 副会長はそういうと、コップをカタンと置く。
「ここは、会長のお父様が営んでいらっしゃる喫茶店です。ご安心ください」
「……」
 副会長からの話を聞いた六花は、視線を隣のすみれに向ける。すみれは、未だに浮かない顔をして紅茶を眺めていた。
「……ごめんね、私のせいで……」
 そして、弱々しい声でポツリ。あまりにも弱々しいすみれの声に、六花は思わず「お姉様……」と切ない声をあげた。
「私の想定不足だったよ……まさか、本当にお父様がヤクザで……こんな形で、悠貴に迷惑かけるなんて……」
 震え出すすみれの声。そんなすみれの肩に、六花がそっと手を添えた時――
 チリンチリン
「いらっしゃいませ」
 店員の声に、すみれはハッとして顔を上げて出入り口を見る。すると、そこにはいつも通りの悠貴がいた。
「会長、こっちです」
 副会長が呼ぶと、悠貴は片手を上げて「ありがとう」と言いながら、店員に一言話しかけてこちらにやって来た。
「お待たせ。どう? うちの紅茶は」
 いつも通りの笑顔でやってきた悠貴は、副会長の隣にしてすみれのお向かいに座る。
「悠貴! 無事だったんだね……!」
 そんな悠貴の姿を見て、安堵からか満面の笑みを見せるすみれ。すると、悠貴は笑顔のまま「うん」と頷いた。
「言葉で説得したら、引いてくれたよ」
「え? 本当? そんな雰囲気じゃなかったけど……」
「んー……俺の人徳ってやつ?」
「……自分で言っちゃうんだ」
 いつも通りのやりとりを、悠貴とかわすすみれ。すみれが悠貴に異常がないことを知り、胸をなで下ろしていると、悠貴は笑顔のまま続けた。
「それよりもですね、南雲すみれさん」
 いつもの笑顔で、どこか背筋の凍る言い方をする悠貴。すみれは思わず、背筋をしゃんっと伸ばした。
「どうして今回、こんな事になったのか……それは分かっているかな?」
「は、ハイ……」
 ニコニコ笑顔で、だけど怒りのオーラを出しながら話す悠貴。すみれは、縮こまりながら返事をした。
「わ、私の想定不足デシタ……」
「想定不足?」
「その……片野さんはウソついていて、ヤクザの娘だなんてほら吹いているんじゃないかと思っていて……だけど、本当にお父様がヤクザで、しかも連れてくるとまでは想定していませんデシタ……ゴメンナサイ……」
 ビクビクしながら反省点を話すすみれ。すると、悠貴は笑顔で「そっか」と答えた。
「しっかり自分の悪い点を反省できて、えらいね、すみれ」
「……なんか、遠回しに馬鹿にされている感が否めないけど……黙ります……」
「すでに口にでているけど、……まぁいいか。ちなみに、俺としてはもっと別のことでお説教したいんだよねぇ」
「ひえっ……! な、何で……!?」
 ニコニコ笑顔で言ってくる悠貴。すみれは、思わず六花がにしがみついた。
「もしかすると、本当にヤクザと出会いかねない状況になるかもしれないのに、何で俺達を避けて帰ったの?」
 黒い笑みとはこの事か、といわんばかりの気迫で、すみれに尋ねる悠貴。すると、すみれは六花にしがみついたまま「ごめんなさい!」と叫んだ。
「け、けど……これ以上、悠貴に迷惑かけたくなかったし……」
「それで、俺を避けて帰ったと?」
「後はさっきも言ったけど、本当にヤクザが来ると思ってなかったから……」
「成程ね……」
 ここまで話して、悠貴は溜め息をついた。
「今回はたまたま俺や副島が気がついたからよかったけど、次同じ事があったとき、また駆けつけられるとも限らないんだから……ちょっとでも不安があったら、迷惑とか考えないで俺に頼ること。いいね?」
 悠貴がそういうと、六花が小さな小さな声で「全く、過保護です」と呟く。しかし、その呟きは、すみれの耳には届かなかった。
「は、はい……! 以後、心得ます……!」
 すみれがそう言うと、悠貴は「よろしい」と答える。そして、いつもの笑顔を見せた。
「それじゃあ、一服かねて何か食べようか。せっかく入った訳だしね」
 悠貴はそういうと、すみれと六花の前にメニューを広げ置く。開いたページには、美味しそうなパンケーキの写真が並んでいた。すると、今までビクビクしていたすみれの表情が、キラキラしたものに変わる。
「見て、六花! チョコバナナとかイチゴとかリンゴとか、色んなパンケーキがあるよ!」
 すみれの、あまりの切り替えの速さに、悠貴は思わずフッと笑う。直後、ドアのベルがチリンチリンと鳴り響き、誰かがこちらの席へやってきた。
「お待たせしました」
「あぁ、お疲れ。遅かったな」
「色々と後始末がありまして」
 副島は悠貴にそういうと、メガネをクイッと中指で押し上げる。悠貴は席を詰めると、副島に「どうぞ」と着席を促した。
「恐縮です。失礼します」
 副島はそういうと、悠貴の隣に腰を下ろす。ふと視線を前方に向ければ、キラキラした顔でメニューを見るすみれと、同じような表情の六花が目に入った。
「……悠貴からのお話は、無事に済んだのですね」
「まぁな。すみれも、今回に至ってはかなり反省しているみたいだったから、そんなに説教せずに済んだってところかな」
「なるほど」
 小声で話す副島と悠貴。すると、すみれが副島に声掛けた。
「あ、副島君! 副島くんも何か食べる?」
 すみれはそういうと、メニューを副島に見せる。すると、副島は微笑んで「ありがとうございます」と返した。
「ちなみにこのお店では、フレンチトーストのベリー添えが1番人気だそうですよ」
「えっ、そうなの!? 六花どうしよう、やっぱりフレンチトーストにしようかな……あ、副会長君は何にするの?」
 副島に言われて、色んな人に相談するすみれ。すっかり元通りになったすみれを見て、悠貴は思わず微笑んだ。
「口元が緩んでますよ」
「はっ……!」
 それを副島に指摘されて、思わず表情を引きしめる悠貴。そんな悠貴を横目で見て、副島は笑うまいと堪えた。
「それにしても、今回は副会長のおかげで本当に助かったよ」
 メニューが決まって注文を終えた頃、おもむろに悠貴がそう呟く。すると、すみれは「え?」と首を傾げた。
「どういう事?」
 すみれが尋ねると、悠貴は横目で副会長を見た
「実は、すみれから話を聞く前に副会長から聞いていたんだ。片野って人が、親がヤクザだって言って威張り散らしているのを」
「え……」
「それで、片野さんの動向を探ってくれていたんだ。だから、片野さんがお父さんを呼んで、すみれに襲いかかろうとしていることも分かったんだよ」
 悠貴がそう説明すると、副会長は照れくさそうにそっぽを向く。すると、すみれは目を輝かせて副会長を見た
「じゃあ、副会長が命の恩人だね! ありがとう!」
 満面の笑みでお礼を言うすみれ。副会長はそんなすみれの表情を見て、照れ笑いしながら軽く頭を下げた。
「よぅし、副会長にはお礼兼ねて私がおごるよ! 副会長は今回、お金出すの禁止だからね!」
「え? いや、流石にそれは――」
「風紀委員長命令です!」
 すみれの唐突な発言に、つい驚く副会長。断ろうとしたが、すみれの勢いに押されて尻ごんでしまった。
「え? じゃあ俺のもおごってくれんの? ラッキー!」
「え? 悠貴は自腹でしょ?」
「えー!? 俺、間に止めに入ったのに!?」
 そして、そんな太っ腹なすみれに悠貴が便乗しようとしたが、あっさりと断られてしまう。そんな2人のやり取りに、思わずほかの三人は笑い出した。



 ……ちなみに。
 悠貴が立ち去ったあと、副島からの「二度と生徒に手を出さない」「悠貴が玄武組組長の息子であることは一切口外しない」などの緘口令と引き換えに、片野の父は悠貴の父からの裁きを免れたと言う。
 そしてそれ以降、片野も「パパは強いヤクザ」と言い回ることはなくなったと言う。 
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