とある高校生の日常短編集
ウソ告
ある日の教室にて。
「よっしゃ! お前の負けな!」
「くっそ、まじか……」
「んじゃ、罰ゲームでウソ告な! 相手は、風紀委員長で!」
 乗山(のりやま)という男子生徒が、友人達とゲームで遊んでいたのだが……流れで罰ゲームと称し、風紀委員長ことすみれにウソ告をすることになった。。
「んじゃ、ちゃっちゃと終わらせっか」
 乗山はため息を一つつくと、すみれの元へ向かう。すみれは、友人と話をしていた。
「……ってことで、今後はこれも取りしまり対象ってことで」
「はぁい、了解した」
 すみれが友人と話しているところに、近づく影が二つ。
「あっ、すみ――」
「おーい、南雲さん!」
 最初の声……悠貴の声を遮ったのは乗山だった。すみれは呼ばれて、乗山の方に振り向く。
「え? 私?」
「そ。てか、“すみぽよ”って呼んでもいい?」
「えーっと……まぁ、どうぞ……?」
 強引に話を進める乗山に、戸惑うすみれ。
「あのさ、すみぽよ。早速なんだけど……俺と付き合ってくれない?」
『え?』
 思わぬ話に、すみれと悠貴の声がハモる。しかし、その直後……
「まぁ……私でよければいいよ」
 満更でもない、という顔で答えるすみれ。直後、バサバサと悠貴の腕に抱えられていた教科書類が床の上に落ちた。その音に、三人とも悠貴の方に振り向いた。
「あ、悠貴。どうしたの?」
「あ、いや、その……」
 あからさまに動揺している悠貴。そんな悠貴に、すみれは首を傾げた。
「ごめん、ちょっと今取り込んでいるから、後でいいかな? あと、教科書落ちたよ」
「あ、ああ……うん……」
 すみれは顔を乗山に向けた。悠貴は茫然自失という様子で硬直していたが、途中で我に返り、落とした教科書類を拾い始めた。
「……えーっと。あの、本当にいいの?」
「なんで? だって、付き合ってほしいんでしょ?」
 悠貴の様子にどこか罪悪感を覚えた乗山だったが、すみれは至って涼しい顔をしており。
「それで、どこに付き合えばいいの? 駅前のショッピングモールかな?」
しれっとそう言ってのけた。この瞬間、乗山はすみれの誤解に気が付いたが、訂正しようとしてふと、何だか悠貴から謎の痛い視線を受けているような気がして、それ以上何も言えなくなってしまった。

 結局、放課後にすみれと乗山は、駅前のショッピングモールへ来ていた。
「それじゃ、お買い物と行きますか! それで、どこに行きたいの?」
 屈託のない笑顔で聞いてくるすみれ。
「それじゃあ、アクセサリー屋かなぁ」
「OK」
 こうして二人で、アクセサリーのお店に向かう。
「あ、これ、すみぽよに似合いそう」
「え? そうかな……私、あんまりこういうの付けないからなぁ……」
 まるでデートのような雰囲気でお店をめぐる乗山とすみれ。
「すみれ……なんであんな奴と……」
「……そんなに気になるなら、正々堂々と出て行ったらどうなんですか」
 そんな二人の後を追う二つの影……こと、悠貴とその幼馴染の副島(そえじま)。二人は先ほどからずっと、物陰からすみれと乗山の様子をうかがっているのである。
「ばっ、別に、そんなんじゃねぇし! そんな、気になるなんて……」
「だったらこうして、コソコソ尾行する必要なんてないかと思いますが」
 常に誰にでも敬語で話す副島の、鋭い指摘に悠貴は黙りこんだ。どうやら図星のようだ。
「そ、そうじゃなくて……ほ、ほら、すみれが言っていただろう? 新しく風紀委員で取り締まる対象が増えたって!」
 悠貴の言葉に、副島は「ああ」とめがねをくいっと押し上げた。
「”ウソ告取り締まり”でしたっけ?」
「そう、それ! 俺は、すみれの代わりにアイツがウソ告していないか、見ているってだけで……」
「はいはい。要するに、すみれさんが乗山さんとどんなデートをしているのか気になるだけなんですね」
「ちがっ……あぁもう!」
 こんなやり取りが陰で行われているなどつゆ知らず。あちこちのお店を一通りめぐったすみれと乗山は、ショッピングモール内に併設されている喫茶店へ入った。
「ふぅ……あっちこっち回ったねぇ」
 ホットキャラメルミルクを片手にすみれが言った。
「ありがとうね、すみぽよ。おかげで楽しめたよ」
 こちらは、カフェモカを手にした乗山の台詞。二人はお互いにドリンクを一口飲んだ。
「そういえばすみぽよ、コーヒー豆買ってたけど……コーヒー飲むの?」
 ふと乗山に聞かれて、すみれは片手に持っている紙袋を見た。
「あ、これ? 私のじゃないよ。コーヒーが好きな人がいてさ。その人に、新作が出たからプレゼントしようと思って」
 すみれの言葉に、乗山は「ふぅん」とカフェモカを一口飲む。
「それって、誰?」
「んー……秘密」
そういって、いたずらっ子のように笑うすみれ。その笑顔に、乗山の胸がドキッとはずんだ。
「そしたら、そろそろ帰りますか。明日も学校だし、宿題もあるし」
 すみれがそういうと、「そ、そうだね」と慌てて返事をする乗山。さみしい、なんて感じたのは気のせいだろうか。
(今回俺、ウソ告ですみぽよとデートしたけど……なんか、ガチの彼女にしてもいいかも、なーんて……)
 すみれとの別れを寂しく思ったせいか、そんな事をふと考えた乗山。すみれと二人並んで駅へ向かおうとした時だった。
「あっ!」「ってーな!」
 ドンっと、乗山の肩が対向から来た通行人とぶつかった。
「す、すみませ――」
「てめぇ、何してくれるんだよ! 服が汚れちまっただろうが! あ゛あ゛!?」
 厄介な男にぶつかってしまったようだ。相手はまるでヤクザのように、乗山に怒鳴り込んだ。
「え? いや、その……」
「どうしてくれんだよ! おい!」
 ものすごい剣幕で怒鳴られ、すくんでしまう乗山。すると、そんな彼の前にすみれがずいっと出た。
「んだよ、お前」
「肩がぶつかったくらいで大げさですね。こちらは謝っているんですから、素直に退いたらどうですか?」
 挑発的ともいえるすみれの発言に、案の定、男は激高した。
「てめぇ……誰に向かってそんな口利いてやがる」
「存じておりません。それ以上怒鳴られるようであれば、恐喝罪とみなしますよ」
 キッと男を睨み付けて凜と話すすみれ。一方、男は彼女を嘲笑った。
「はっはっは! 恐喝罪か! お前は警察じゃ無くてただの女子高生だろうが! そんな奴に言われても、捕まえられないだろう?」
 腹を抱えて笑う男。しかし、すみれの顔色は変わらなかった。
「現行犯であれば、逮捕状がなくとも、警察でなくても逮捕することが出来ることをご存じの上で、仰っていますか?」
 すみれの言葉に、男の笑いがピタッと止まった。そして、すみれを睨み返す。
「……だとしても、お前に俺を逮捕できんのか? あぁ?」
「月並みの台詞ですね。もっと気の利いたことは言えないんですか?」
 すみれの挑発が止まらず、彼女の後ろでおろおろする乗山。
「ちょ、ちょっとすみぽよ。それ以上煽るのは――」
「言ってくれるじゃねぇか! このアマ! 俺に楯突いたこと、後悔させてやるよ!」
 乗山の制止もむなしく、男がすみれにむかって拳を振り上げた。乗山はすみれの後ろで「ひぇ!」と頭を抱えて目を閉じる。
「――おわっ?!」
 しかし、聞こえてきたのは男の声。驚いて目を開けると、何とすみれがあの男を華麗に取り押さえているではないか。まるで柔道か空手の技のように、男を後ろ手にしてうつ伏せにし、取り押さえている。
「恐喝罪と暴行罪ですね。これで相手が本当の警察だったら、公務執行妨害もサービスで付きますよ」
 しれっとした顔で言うすみれ。乗山は思わず「おぉ……」とこぼした。
「くそっ! 離しやがれ!」
「もうこれ以上しつこくしないと約束頂けるのであれば、考えますけど」
「このっ! 生意気なアマが!」
 男が暴れるにも、すみれの拘束が上手いのか思うように動けていない。すみれの見事な技に乗山が「すごい」と心の中で感心した時だった。
「――このアマ! 兄貴を離しやがれ!」
 すみれの背後からもう一人男が出てきて、彼女に殴りかかってきた。声で彼の存在に気がついたすみれだったが、最初の男を取り押さえているせいで動けない。
「すみぽよ、危な――!」
 咄嗟のことに動けない乗山。すみれも殴られるのを覚悟したとき――
 パシッ
「なっ――」
「……お兄さんも、暴行罪で一緒に現行犯逮捕されたいんですか?」
 後から出てきた男の拳を片手でたやすく受け止めたのは、どこからともなく現れた悠貴だった。突然の悠貴の登場に、すみれは勿論、乗山や他の男達も驚いたように目を丸くさせていた。
「ゆう、き……?」
 すみれが名前を呟くと、後から出てきた男の顔色が変わった。
「も、もしかして、貴方――」
「それで、どうしますか? このまま俺と殴り合いますか?」
 ニコっという効果音が付きそうな笑顔で、後から出てきた男に話しかける悠貴。すると、後から出てきた男はゆっくりと悠貴から離れた。
「これ以上騒いで周囲の人やお店の方にご迷惑をおかけしたくないので……退いては頂けませんか」
 悠貴がそういうと、後から出てきた男は無言でコクコクと何度も頷く。すると、悠貴は振り返ってすみれに取り押さえられてる男に近づいた。
「貴方も、異論はありませんね?」
「何でお前なんか――っ!?」
 取り押さえられている男も、最初こそ強気に出たが、何故か悠貴の顔を見るなり言葉をのみこんだ。
「どうしたんですか?」
 悠貴の笑顔に、男は「ひぃっ」と小さな悲鳴をあげる。顔色がみるみる青くなっていくのが、すみれからも乗山からも見て取れた。
「す、すみませんでした! このまま引き下がるんで! どうか、どうかお許しを――」
「俺に許しを乞われても困りますよ。俺は当事者じゃありませんからね」
「す、すみませんでした! お姉さん、お兄さん! こ、このまま引き下がるんで! もう許してください!」
 まるで泣きわめくように謝罪する男に、すみれも乗山も呆然とした。一体何が起きたんだろうかと言わんばかりの顔をしている。
「え、えっと……」
「と、いうことなんだけど。許してもらえるのかな? すみれ」
 悠貴に言われて、すみれは我に返る。そして、男の拘束をほどいた。
「これ以上しつこくしないのであれば、どうぞ」
 さっと切り替えて、毅然とした口調で言い放つすみれ。すると、男は後から出てきた男と一緒に「すみませんでしたぁ!」とショッピングセンター内をかけて行ってしまった。
「……」
「すみれ? 大丈夫? まさか、どっか怪我でもしたの?」
 呆然と男達を見送るすみれに、心配そうに声をかける悠貴。すると、すみれはハッとして彼に向き直った。
「あ、ううん、大丈夫。私は無傷だよ。それより、ありがとね、助けてくれて」
 どこかぎこちない笑顔でお礼を言うすみれ。悠貴は、すみれの無事に安堵の息をついた。
「それより、あの人達は何で悠貴の顔を見るなり、すっとんで行ったの?」
 すみれの質問に、悠貴がギクッと固まった。そして、何て説明しようかと視線をキョロキョロと泳がす。
「え、えーっと……あの人たちは、その……し、知り合いって言うか……」
 必死に”アレ”を誤魔化そうとする悠貴。すみれの視線が「怪しい」といっているようで、悠貴に痛く刺さった。
「まぁ、その……」
(どうしよう、うちの組の舎弟達だったんだー、なんて、口が裂けても言えない……!)
 どうしたものか、何て誤魔化そうかと半ばパニックになっている時。
「あの人達は、悠貴のお父様の会社で働いている方達ですよ」
 どこからともなく副島がやってきて、悠貴に助け船を出した。
「あ、副島君」
「驚かせてしまって申し訳ありません。彼らは会社の現場で働いているもので……ちょっと気性が荒いんです」
 淡々と説明する副島。その隣で悠貴がうんうんと頷いている。
「ほら、前にも言っただろう? 俺の親父、会社やってるって」
 悠貴がそういうと、すみれは「あー!」と手をポンッと打った。
「そっか、言ってたね! 悠貴のお父さん、会社をやってるって! で、副島君のお父さんもそこで働いているって!」
「そうそう。んで、俺が会社の社長の息子って知って、ああなったって訳なんだよ」
「へー! 成程ね!」
「ごめんな。あまりにも咄嗟すぎて、うまく説明できなかったんだ」
 悠貴が謝ると、すみれは笑顔で「ううん、大丈夫」と返した。それを見て安心する悠貴。
「それから、あの二人のことは俺の親父に言って注意して貰うから」
 悠貴はそういうと副島を見る。副島は悠貴からのアイコンタクトを受け取ると、しっかりと一度だけ頷いた。
「……あのー」
 直後、蚊帳の外にいた乗山が小さく手を上げて声をかけてきた。
「あ、ごめんね、乗山君。大丈夫だった?」
 すみれが声をかけると、乗山は「あー、大丈夫だよ」と元気の無い声で返した。それを聞いて首を傾げるすみれ達三人。
「その……ごめんね、すみぽよ。俺のせいで……」
 しゅんとした声で謝る乗山。一方のすみれはケロッとしており。
「あぁ、気にしないで。あんなのしょっちゅうだから」
「え? しょっちゅう??」
 思わぬすみれの発言に、目を白黒させる乗山。女子高生が頻繁にあんな物騒な男達とのトラブルに出くわしているのかと、驚いたようだ。
「あーっと、そうじゃなくて……すみれ、家族がみんな警察官でさ。こういうトラブルは見過ごせない性格なんだよ」
 悠貴が補足を入れると、乗山は「え?」とまた呟いた。
「だから、こういうトラブルにしょちゅう出くわしている、というより……自らこういうトラブルに突っ込んでいるだけで」
「だって、しょうがないじゃん。困っている人は放っておけないし」
「それで毎回トラブルに巻き込まれる身にもなれって、いつも言ってんだろ?」
「え? そんなに悠貴のこと、巻き込んでる?」
「……無自覚か、こいつ……」
 仲良く話す悠貴とすみれ。そんな二人を見て、乗山は「ははっ」と乾いた笑みをこぼした。
(一瞬でもすみぽよのこと、本当に彼女としていいかもって思ったけど……)
 乗山は思った。きっと、自分なんかじゃすみれの彼氏には役者不足だろうと。きっと、すみれは悠貴と一緒にいる方が、自分といるよりも良いのかもしれない、と。
「本当に、二人は仲いいんだね」
 ふと呟かれた乗山の一言。すみれと悠貴が「え?」と同時に反応した。
「だって、すみぽよがピンチの時、俺何も出来なかった……けど、会長はさっと現れてさっくりと助けちゃうしさ」
 乗山が話し出す。すみれと悠貴は、お互いの顔を見合った。
「そうかな……?」
「そうだよ。それに、お互いのことをよく知っているみたいだし……なんつーか、俺の入る隙間が無いって言うか……」
 乗山はそういうと、急に深々と頭を下げた。
「ごめん! 会長! すみぽよ! 俺、本当はすみぽよと本気で付き合いたかった訳じゃ無かったんだ!」
 そして、ネタばらしを始めた乗山。すみれも悠貴も、彼を見てきょとんとしている。
「友達に言われて、罰ゲームですみぽよにウソ告したんだけど……なんか、会長の事を傷つけちゃったみたいだし、すみぽよにも申し訳なくて」
 乗山の言葉に、悠貴が「えっ、俺?」と狼狽えた。それを聞いた副島は一人静かに「ふっ」と笑う。一方のすみれは、笑顔を見せていた。
「私なら大丈夫だよ。乗山君とショッピングできて楽しかったし、新鮮だったから」
 すみれの笑顔に、乗山の胸がまたときめく。でも、これでいいんだと。二人のために、俺はこのまま「ただのウソ告で付き合って貰ったんだ」と身を退けば良いんだと……
 そう思った乗山の左手を、すみれがそっと両手で握った。思わぬすみれの行動に、乗山の胸がドキッと高鳴る。
「え、すみぽよ……?!」
「乗山君、本当に今日は楽しかったよ。それに、自白してくれてありがとう」
 そう話すすみれの目を見て、乗山はぎょっとした。何故ならすみれの目が、先ほどまでとは違う……そう、風紀委員モードの瞳になっていたからだ。
「えっと、あの……すみぽよ?」
「数週間前から掲示していたんだけど……今週から、ウソ告も風紀委員の取り締まり対象になったんだ」
 風紀委員モードの瞳のままにこりと笑うすみれ。その笑顔を見て、乗山は「しまった」と言わんばかりの顔をする。
「てことで、風紀委員の名の下に、ウソ告違反で連行します!」
「いや、その、俺、そういうの知らなくて……っていうか素直に自白したし、謝ったから許してくれても――」
「例外は認めません」
 慌てふためく乗山の左腕を、右腕でしっかりと確保するすみれ。そして、そのまま駅の方ではなく、学校の方へ向けて歩き出した。
「ちょ、会長! 副会長! 助けてくださいぃ!」
 すみれにずるずる引きずられながら、悠貴と副島に助けを求める乗山。
「申し訳ありません。規律は規律ですから」
「あ、あはは……俺、すみれが暴走しないように同伴してくるよ……」
 副島にそう伝えた悠貴は、すみれと乗山の後を歩いて追いかけた。きっとすみれは今頃、目を輝かせてルンルンで歩いているんだろうな、などと考えながら。
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