とある高校生の日常短編集
VS遅刻魔!
風紀委員の仕事の一つに、朝の遅刻者チェックがある。この高校は八時半までに教室にいなければ遅刻扱いになるのだが、その遅刻者をチェックし取り締まるべく、毎朝風紀委員が当番で校門に立ち、遅刻者を確認しているのだ。
「はぁ……」
「おはよう、すみれ。どうしたの? ため息なんてついた」
「あ、悠貴。おはよう」
 校門のすぐそばに立ち、バインダーを片手に溜め息をつくすみれに声をかけたのは悠貴だ。
「てか何で生徒会の悠貴がここにいるの?」
「あいさつ強化月間だからね。それより、俺の方が先に質問したんだけど」
 すみれの質問に答えつつ、どこか不満そうな顔で言う悠貴。すみれは「あ、ごめん」と言ってから続けた。
「実は、入学当初からの遅刻魔君がいてね……」
「……それって、人の名前?」
「ううん。落合(おちあい)っていう名前の男子生徒なんだけど……彼、遅刻の常習犯というか、遅刻するかどうかのギリギリの時間に、いつも来るんだよねぇ」
 バインダーを見つめながらため息をつくすみれ。悠貴は、そんなヤツもいるのかと「ふぅん」と返した。
「内申点にひびくから、いい加減、遅刻癖をなんとかしろって先生からも言ってもらっているんだけど……全然効果がないっていうか、話聞いてる? っていうくらい直らなくて」
 すみれの話に、悠貴は思った。そんな遅刻魔の顔を、ぜひとも一度は拝んでみたいものだなと。
「それで、風紀委員長的に悩んでいたと?」
「そっ。今日もギリギリに来ると思うから、悠貴も見ていく?」
 すみれに言われて、悠貴はうなずいた。
「先生が言っても私が言っても直らないけど……もしかして、生徒会長の悠貴が言えば、直ったりするのかな」
「うーん……一回様子を見て見ないと、俺も何とも言えないかな」
 すみれの考えに悠貴は首をひねった。そして、もう間もなくで八時半を迎え、先生が校門を閉め始めた時だった。
「とうっ!」
 一人の男子生徒が、なぜか門の間ではなく、閉めかけた門の上をわざわざ飛びこえて校内に入って来た。華麗に門を飛び越え、わざとらしいポーズを決めて着地する。
「おっはようございます! 南雲先輩!」
 これが遅刻者の第一声だろうかと思いたくなるくらい、清々しい挨拶。そう、彼こそが噂の落合だ。
「うん、おはよう……今日も遅刻だね……」
 一応、学校の敷地内にいるのだが、教室にいなければ遅刻扱いになる……そういう意味で、すみれはため息混じりに挨拶を返した。
「南雲先輩、見ましたか? 今の俺の登場の仕方――」
「はいはい。分かったから早く教室に行ってください」
 すみれがそういって昇降口を指さす。すると、落合は「はぁい」と言って素直に向かって行った。
「……あれが噂の落合君か」
「そう。私の、というか学校の悩みの種……本当、どうにかならないかなぁ、あの遅刻魔……」
 すみれのげっそりとした顔を見て、悠貴はふと考えた。
「……明日、もう一度様子を見させてもらってもいい?」
「え? いいけど……」
 悠貴からの思わぬ提案に、すみれは瞳を瞬かせた。しかし、悠貴は何か思うところがあるのか、それ以上は何も言わなかった。
 翌日。案の定、落合は八時半ギリギリに登校してきた。
「おはようございます、南雲先輩!」
「……うん、おはよう」
「おはようございます」
 爽やかな笑顔で挨拶をしてくる落合。すみれは疲れた顔で返事をし、その隣では悠貴が営業スマイルで挨拶をしていた。すると、ふと落合が悠貴に気がづいたのか、悠貴を見て一瞬顔をしかめた。
「……なんで、生徒会長がいるんすか?」
「あいさつ強化月間だからね」
「ふぅん……」
 まるで不審者を……いや、敵を見るような目で悠貴を睨む落合。それを見て、悠貴は確信した。
「それじゃ、南雲先輩! 失礼します!」
 一方の落合は、げっそりとしたすみれを物ともせず、軽快な足取りで昇降口へとかけて行った。
「はぁ……本当、アレ、どうにかならないかなぁ……」
 今までで一番大きなため息と共にこぼれた、すみれの本音。そんなすみれの肩を、悠貴がぽんっと叩いた。
「ねぇ、彼……落合君のクラス、分かる?」

その日の放課後。落合は校舎裏に呼び出された。机の中に一通の封筒が入っており、中にかわいらしい文字で「放課後、校舎裏に来てください」と書いてあったのだ。差出人は不明だが、落合は確信していた。あれはきっと、すみれ先輩からの手紙で、俺はこれから先輩に告白されるんだど。”根拠の無い自信”とはまさにこの事である。
一人意気揚々と校舎裏に向かった落合。しかし、指定の場所に来ても誰もいなかった。早く来すぎたかな、などと思って校舎の壁に背中からもたれかかっていると、足音が近づいてきた。落合は壁からさっと離れて足音の方に向きなおった。
「あ、待ってましたよなぐ――って、生徒会長!?」
 落合の視線の先には、にこにこ笑顔の悠貴が立っていた。落合は、想定外の悠貴の登場に目を白黒させている。
「な、なんでここに――」
「落合君。君に聞きたいことがあるんだけど」
 そういって、悠貴は落合の真正面まで詰め寄った。
「君が遅刻グセを直そうとしない理由は、毎朝南雲先輩に会うため、だよね?」
「……そうっすよ。大好きな先輩に会うためっすけど」
 ふてぶてしく答える落合。すると、悠貴は「よかった」と笑顔で言い、そのままドンっと手を壁につけ、落合を壁際に追いやった。世に言う「壁ドン」状態である。普通、この状況なら胸キュンとやらでキャーキャーする場面なのだろうが……落合はそれどころではなかった。何故なら、目の前にいる悠貴の気迫が、背筋を凍らせるほどのものだったから……
「……君に言いたい事があるんだけどさ――」

 ……翌日。なんと、十分前に登校してきた落合。そんな落合の姿にすみれは感動していた。
「すごい! すごいよ! 今日は遅刻してない!」
「よかったね」
 喜ぶすみれにそう声をかけた悠貴は、ふと落合を見る。落合はすみれを気まずそうに横目で見ていたが、その後、悠貴と目が合うと、
「お、おはようございます!」
 と、まるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまり、急いで昇降口へとかけて行った。それを見送ったすみれが、いましがた昇降口へかけていった落合の背中と、すぐ隣でニコニコしている悠貴の顔を交互に見比べた。
「……どうしたの?」
「いや……原因はこの人かなって」
 すみれの言葉に、悠貴は苦笑い。
「原因とはひどいなぁ。俺はただ、お困りの風紀委員長様のために頑張っただけなのに」
 悠貴がそういうと、すみれは彼の顔を見て瞳を瞬かせた。そして、悠貴に向き直る。
「あ、そうだったんだ! ありがとう!」
 眩しい笑顔でお礼を言うすみれに、悠貴は満足げな顔をする。すみれは眩しい笑顔のまま言葉を続けた。
「さすがは生徒会長! 正直悔しいけど……まぁ、腹黒さなら悠貴の右に出る人はいないよね!」
「ちょ、それ褒めてないから! つか、腹黒なら俺よりも副島の方だろう!」
「えー? そうかな? 副島君は、出来る副会長っていうか、The右腕! って感じだけど……」
「いんや、あいつ、相当な腹黒だから! マジで!」
「そうかなぁ……」
「そうだって! 幼馴染みの俺が言ってんだから間違いな――」
「誰が腹黒ですって?」
 盛り上がるすみれと悠貴の会話に、噂の副島が声をかけた。その瞬間、悠貴がぴたっと凍り付く。
「……あ、お、おはよう、副島君」
「おや、幼馴染みの俺に敬称をつけてくださるなんて、珍しいですね、生徒会長様」
「い、いや、そ、そうかな? あははは……」
 副島に対して、何故か距離を取り始めた悠貴。すると、副島は中指でめがねの中央をぐいっと押し上げながら続けた。
「そ・れ・で。誰が腹黒だって仰ったんですか?」
 にっこり、という効果音が付きそうな笑顔。悠貴は副島から視線をそらした。
「い、いや、別に……ほ、ほら、俺に比べれば、副島君の方が腹黒っぽいところがあるって言う話であって? 決して副島君が腹黒だって言ったわけでは――」
「え? さっきダイレクトに言ってたよね? 副島君は相当な腹ぐ――」
「わー! すみれ! ばか! 余計なこと言うな!」
「もがもが」
 必死に誤魔化そうとした悠貴だったが、すみれの発言に慌てて彼女の口を手で覆った。しかし、時既に遅し……
「ほほう、成程……昨日、折角あれだけの依頼に協力して差し上げたのに、そんな俺に対して”腹黒”、ですか……」
「いや、だから、そうじゃなくて――」
 もはや副島に、悠貴の言い訳は届いていなかった。
「もがもが?」
「ああ、そうですね。南雲さんは”依頼”については、ご存じなかったでしたね。実は昨日――」
「だー! それ以上喋るな! 会長命令だ!!」
 口を塞がれたままのすみれの言葉を理解した副島が話そうとしたが、それを大声でかき消す悠貴。
「……横暴ですね」
「もっがもがもがー」
「知らん! つーかすみれは何つってるか分からねぇし!」
「”職権乱用”と仰っていますよ」
「なんで分かるんだよ」
 三人でわちゃわちゃしていると、そこに教員がやってきた。もう朝のホームルームの時間になると言うことで、三人のわちゃわちゃはそこで終わった。
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