背中合わせの恋

 彼氏には別れを告げてからここに来た。
 二股かけるのは嫌だとか、そういう綺麗な理由じゃない。
 未来のない彼を吹っ切るきっかけのために、yomoくんに会うことを理由にしたのに過ぎない。

(ずるいのは私だ。一人ぼっちになる瞬間を作るのが怖かったんだ)

 それがわかったのは、眞幌とホテルに入って肌を合わせようとした時だった。
 テクニックがどうとかじゃない。むしろ彼は慣れすぎるほど女性の扱いは上手だったと思う。
 でも、私自身が彼からの愛撫をきちんと受け止められないのだ。
 勢いで距離を縮めてみれば、この心の空虚な部分が埋まるかと思ったのに。
 真幌に触れられて込み上げてきたのは、言葉にできないほどの自己嫌悪だった。

(違う……こんなふうになりたかったわけじゃない)

「やめ……やめて。お願い」

 見た目よりしっかり筋肉のついた胸を押し返し、私は懇願するように言った。
 すると、眞幌は白けたように私から離れてため息をつく。

「下手だった?」
「ちがう。私がいけない……こんな、らしくないことして……」

 ぐずぐず言っている私を見ずに、真幌は背中を向けたまま言葉を紡ぐ。

「俺のこと、知りたいならさ。全部くれないとダメでしょ。心も、体も、魂も……全部」
「魂……?」
「なんてね。遊びの相手にそんなこと期待してないよ」

 真幌は苦笑して私の方へ向き直った。

「現実があんまり虚しいから……紛らわしたかっただけ」

 彼の真意を知って驚いた部分もあったけれど、やっと理解できそうな心を打ち明けてくれたことにホッとする。

(そっか。この人も……埋めてほしい寂しさを抱えてるんだ)

 余裕があるように見えたのは、何かを諦めているからだったのかもしれない。
 似たような出会いを繰り返しながら、虚しさを深めていたのかもしれない。

 でも、今のこのボロボロに情けない自分が、彼の穴を埋められるとは思えなかった。

「ごめ……ん、ね」
「謝るとか、変なの」

 そう言って、彼は会った時と同じ笑顔を向けてくれた。

「俺こそ、鈴音さんの期待に応えられなくてごめん」
「ううん。そんなことない」

 涙を拭って身を起こすと、彼は私の肩にガウンを羽織らせてくれながら落ち着いた声で言う。

「わかってたんだ……似てる感覚の人って同じものを求めてるから、与え合うことができないって。でも、どうしても惹かれる人って、そういうタイプなんだよね」
「眞幌……くん」

(あなたも、少しは私に惹かれてくれてた、って思っていいのかな)

 関係を急ぎ過ぎたのかもしれない。
 焦りや寂しさに負けて、自分よがりになり過ぎていたのかもしれない。

 そうは思ったけれど、眞幌くんの言う通り、私たちはきっとお互い同じものを求めていた。
 足りないものが一緒だから、感じることが似ていたのだ。
 惹かれあったのは確かなのに、結ばれる世界線にはいないことがどうにも悲しかった。

***


 あれから2年経過し、私はひとまず一人の生活に慣れてマイペースに生きている。
 眞幌との経験から焦って誰かと繋がろうとするのは、自分には合わないとわかったから、異性との交流もほとんどなくなった。

(寂しいけど。不安や焦りは薄くなったかな)

 今の私なら、少しは眞幌の心を満たす人間になれるだろうか。

(まさかね。もう名前さえ忘れかけてた人だし、向こうだって覚えてないよ)

 今や一番のパートナーとなっている愛猫のマロンを膝に乗せ、大きくあくびをする。

「いい天気になったなぁ」

(洗濯物を干したら、外でブランチしよう)

 椅子から立ちあがろうと猫を持ち上げたその時、机の上のスマホが一回震えた。
 
〜 終わり 〜
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