丸いサイコロ
貴様を待っていた





 3.貴様を待っていた  

「貴様を待っていたっ」

びし、と指を指されたのは、ぼくの隣で、いかにも眠そうなまつりだった。
一方で、指を向けて得意げなのは、小学生くらいの背丈の、可愛らしい女の子だった。

なんだこの子。とは思ったが、変なことにはそれなりに慣れていたので、びっくりしない。

 エンドロールの途中で眠ってしまったまつりを起こしていると、ずかずかと、女の子はこちらに向かってきた。さっきまで、前の方に大人しく座っていた、まさにさっき注目した子である。
まつりは、よく知らないがいろんな知り合いがいたので、またその類いかと考えながらも。

「お嬢ちゃんは、迷っちゃったのか?」

一応ボケをかましてみる。はい? みたいな目をされた後、ツンと無視されてしまった。ちょっと切ない。すみませんでした。


「待っていたんだっ! おーきーろ! 貴様の分際でっ!」

とても元気が良い少女のようだった。しかし、そのセリフは、こう、いろいろと……どうなのだろうか?


狭い席の、真ん前を塞がれてしまうと、足元に鞄があるし、隣はまつりが寝ているしで、とても動けないので、戸惑う。

「んんー……まだまだ食べたーい……んあ」


食い意地の張った寝言とともに、まつりが目を覚ました。しかし良かった、と思ったのもつかの間で、すぐに瞳が雲ってゆく。
これは相当眠いらしい。
昨日、夜中遅くまでゲームなんかしてるからだ。
夜中眠るまでぼーっとソファーで起きていたぼくが人のことは言えないけれど。

「……誰だ? ナナトの、かのじょ……ワカイネ……」
うっすらある意識の中、寝ぼけたまつりが、こちらに、聞いてくる。

「目を覚ませ」

いないわ、なんて自分で叫ぶのは、それはそれで切ないのでやめておいた。
その間にまつりは再び目を閉ざす。

「おきろ! おい、そこのナナトとかいうのも、起こせよこいつをっ!」

ばたばたと忙しい少女は、まつりを起こそうと懸命である。
お上品な見た目とのギャップに、なぜだか脳内で、副音声でお楽しみいただけます、のテロップが浮かぶ。

「起こせと言われましても、ひとまずあなたは、どちら様? まつりとどういう知り合い?」

「こ、こいつのことは、よう知らん。だが、おねーちゃんが、知り合いだっ! 聞きたいことがある!」

意外にも、あっさり答えてもらえた。語尾に勢いを付けるのは、何かの流行りなのだろうか。まさか『元気よく挨拶しよう』が、小学校の今月の目標なのか? いや、よく考えたらとくに挨拶はしなかったぞ。

寝ぼけているまつりを、体に触れる方法(ゆすったり)で起こすのは非常に(こちらが生命的に)危険だというのは、もう身に染みている事実のため、ぼくは、退室していく人達を横目に、数秒間悩んだ。

安全そうな方法は3つ。
まずは気軽なやつから。

「アイスクリーム買ってやるぞー。チーズケーキのやつ、食いたいって言ってたじゃん」

――まつりの反応は速かった。
勢いよく起きてくれたはいいが、寝癖がすごい。

「おはよー!」

「おはよう、そして、さっさと出ようぜ」

「アイスクリームは? アイスクリーム」

アイスクリームにやけに食い付いてきた。


「貴様ら、無視すんなっ!」

女の子が怒っているが、まつりの視界には入っていない様子。
身長差があって、というのもあるが、何よりも、今のまつりには、アイスクリームしか頭に無いのだろうか。
聞いてみる。

「なあ、この子、お前を訪ねてきたらしいぞ」

ああ、とそっけない返事が返ってきた。反応するのが面倒なだけなのかな。

「知ってる……そんなの、ここにいる時点で」

ぼーっと呟いたかと思えば、ふい、と顔を背けて、トッピングは何がいいかな、などと考えそのまま歩き始めてしまった。後を追う。
植物、小動物に至るまで、愛想が良いまつりにしては、なんだか嫌そうな対応だ。

「おねーちゃんは、どこにいるっ」

懸命にまつりにしがみつく少女。未だ詳細不明。
一方でぼやっとしているまつりは、ドアに衝突しかねないので、出るときに、代わりにドアを支えた。

「チョコチップ」

まつりはぼんやり呟いた。
「なんだそれは!」

少女が噛みつくように反応する。

「……ろっきー……」

「どこかの名前か!」


とても和むやりとりではあったが、こいつはアイスクリームについて考えてるだけではないのだろうか……


「とりあえずなんか奢るから、話くらいは聞いてみたらどうだ?」

後ろから肩を掴むのは(こちらが)危険なので、視界に嫌でも入る位置に立って聞いてみる。
何しに来ていたんだかよくわからなくなってきた。
それはそれで、ある意味正解かもしれない。

まつりは答えなかった。
薄暗い部屋を、あわてて出ると、ちょっとした階段になっている部分を降り、二階のアイスクリーム店に一直線。
(2と壁にあるのを見て、ようやくあそこは三階だったんだ、なんて思った)

風船を配るどこかの保険会社のキャラクターにも、割引券だか福引券だかを張り付けた笑顔で配る男の人にも目もくれず、走らない程度に急いでいく。

置いていかれたぼくと少女は、あわてて追いかける。
店の前には、おやつを食べたくなる時間なので、それなりにだが、列が出来ていた。最後尾にたどり着くと、まつりの足が止まった。なんとか追い付いた腕を、掴まれた。嬉しそうだ。

「コーン! 一番大きいやつ」

「はーい……」

本日二度目、近くにいた女子高生も、思わずみとれるくらいの、満面の笑みだった。

――そういえば、こいつがよく、こんな目をするようになったのは、いつからだっけ。
いや、いつも、笑ってはいた。だけど、ただ、笑っているだけだった。

泣くわけにはいかないから、代わりに笑っている、そんな感じ。
接触が悪くなった、しゃべる人形みたいに、ときどき。
だから、笑顔を見るたびにぼくが願うのはいつも、ひとつだけなのだ。


「……どうしたの、まつりの顔が、赤い方と青い方のふたつになってる?」

並んでいる最中だというのに、ついぼんやりしていたら、心配されていた。
……というかそんなんになっていたら、女子高生の反応も違ったものだっただろう。

「いや」

うまい返しが浮かばなくて、とりあえず誤魔化した。列は、だんだんとカウンターが見えてきたくらいになっていた。もうすぐだ。

少女は、列に並ぶのが苦手なのか、大きい大人に紛れるのが不安なのか、ぼくの後ろに、いつの間にかくっついていた。

「第二形態で、赤と青が、分裂……あ、この、赤いのと青いのも美味しそうかもしれない」

「腹を壊さない程度にしろよ。あ、きみは、何か」

出来る限りの優しい声で少女に話しかけてみると、完全に不機嫌そうだった。そりゃあ、そうか。
こういう状況にはなれていないので、どうしようかな、と思っていたら、まつりが、ちらりと少女を見た。そして、意外にも、少女に優しい声で言った。

「……おまえも、一応、まつりのお客さんではあるから、まつりが聞こうかな。食べたいのある?」

それより質問に答えろよ!
と言いたそうな目をした少女だったが、数秒で、誘惑に負けたのか、素直にうなずいた。

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