丸いサイコロ

    4




近くの休憩用のベンチに座って、並んで食べていると、休日の家族か何かみたいだった。
……いや、経験したことはないんだけど。

事情を知らない他の方々には、仲の良いきょうだいに見えたり……しないか。
悪くは見えないのだろう。

自分用にはバニラアイスを買った。みんな食べ終えるのは意外と早かった。

――まつりが、靴を見に行くのは今度にするよ、と言ったので、いよいよ帰るしかなくなって、そして今。
外は雨が降っている。
近くにある駅は、会社や学校帰りの影響で、人が増えてきて、ちょっと進みにくい。
傘を忘れたので、とりあえず、濡れて帰る。少女が、頬を膨らませて、まつりをひたすら怒り続けていた。

「なんなんだ、貴様はっ! こっちがわざわざ誘ったというのに! 違うやつとのんきにデート、しかも、指定場所に、二人で来るとは、本当に、貴様は私を侮辱して!」


「悪かった。さぼろうか、さりげなく帰ろうかの、二択で迷ってたんだけどね、せっかくナナトが連れ出してくれるっていうから」

まつりは、悪かったと言うわりに、歌うような言い方だった。

「なんだと! 正面から連絡して断る選択肢がなんでないんだよっ!」


それは確かに。
だけどあと、もうひとつかふたつ、気になるポイントがあるようなないような。

「なーんだ、最初から、約束あったのかよ。それなら言ってくれればさ」

「──えー、だって、そうまでしたくはなかったし、でも、せっかく、ナナトが外に出るっていうから……」

ちょっと拗ねた言い方だった。

まつりが、一人で遠くに行くのが嫌だというのは、決して、寂しいからではない。
最も恐れる事態があって、その身だけではどうしようもなく危険なのだ。

「貴様、そんなにも、そいつといちゃつきたいか?」

少女の目付きが怖くなる。口を挟む気になれないので、おろおろしていると、まつりが、信じられない! みたいな顔をした。

「それ、人生で56番目くらいに侮辱の言葉だよ! って、いうか、正直、食べ歩くうちに忘れてたんだ……約束をじゃなくて、誰と、かを」
(56番目は、この際スルー)

 ふざけているわけではなく、まつりはよく、そうなるみたいだった。
約束や、予定は覚えていても、人物情報が簡単にごちゃごちゃになることがある。

 ぼくとしか話さない日が続く間は、覚えてくれていても、その間に違う人の情報が入ると、どちらを優先するかで、混ざってしまう。
その記憶には、時系列等は特に関係ないらしく、覚えている記憶と覚えてない記憶が、一人一人に対し、ごちゃごちゃしているらしい。だから、いつか、もう一度、ぼくらは途切れるのだと思う。繰り返してきた昔みたいに。



「そのうちナナトと約束してたんだっけ、って思ってきちゃって……」 

面倒そうな言い方だった。

「私を見たら、思い出すだろ!?」

「いや……なんで、あいつがここにいるんだろ、と素直に思ってた。なーんだ。そういや、姉じゃなくて妹のほうだったな。最近、脱走したって聞いてたからてっきり──いや、あれは……あれ? 誰だっけ」

「脱走?」

おや、という反応だった。少女は、訝しげな顔をしている。なんだか、様子が変だ。
まつりは、どうしてそんな顔をするんだ、と言わんばかりに話し続ける。

「──あ、でも、そうだ、そもそも、あの姿しか知らないんだった。おんなじ体型でいるわけがないな……」

「おい、それより、脱走って、何だ」

「えっ、おまえのねーさんだろ? コウカが」


「だがっ、お姉ちゃんは、戻って来ていない! だから、貴様の手にっ」

雨が止んだ。
予測して、すでに傘を閉じた人、周りを見て傘をしまう人、気付かずに傘をさし続ける人、気付いたが、傘をさし続ける人。いろいろだった。

雨上がりは、そんな、いろんな人の反応を見られるので好きだな、なんて、ちょっと生乾きのぼくは思った。

駅から2つ隣のコンビニのあたりで、まつりは首を傾げた。

「だからきさまのてに? 嫌だなあ。そんな、情けないこと、もうやめてるよ」

後悔が染み付いている、そんな言い方だった。
冷たくて、寂しい声だ。

「じゃあ、どこに? てっきり、貴様のことだから、もし、そっちにいるのなら……を……に、……とか……って、いたぶってるんだろうと。だから早く、迎えにって」

一部が小声で、よくわからない。しかし、当事者には理解出来るようだ。


「あー、やだな、誰に聞いたか知らないけど、昔のやからの類いは、そんな話ばっかして! おまえは、見たわけじゃないと思うんだけど。人をイメージばっかで語るからぺっらぺらと言えるんだ」 

喧嘩が始まりそうだった。少女は更に怒っているし、まつりは、かろうじて冷静だが、それなりに気分を害したようで、あえて挑発するような態度だ。

ぼくはまつりの過去なんて知らない。少女の過去も、知らない。
知ろうともしないし、大した説教なんて出来る立場でもないけれど、とりあえず、食後なので横腹が痛い。まつりに呼びかけてみる。
「お前は、腹とか痛くないか?」

「ああ? なに、いきなり!」

不機嫌だった。

「腹痛くならない?」

「ナナトじゃないんだから、そんな柔じゃないよ。なんなら腹筋だっ……て」

少女が吹き出した。
まつりもつられて笑った。ぼくは、だんだんこみあげる何かに、喉がひりひりした。

「悪かった」

少女が呟いた。まつりは何も言わなかった。それを見て、消え入りそうな声で言い直す。

「すみませんでした」

まつりが少女の方を向く。今度は、ちゃんと焦点を合わせている気がした。

「ふふ、そういう顔が見られたから、満足だよ。おまえの姉の居場所は、よくわからないけれど、おまえが、思い込みとはいえ、せっかく、まつりを頼ったのだから。まあ、なんとか、するだろう」

予言みたいな応えだった。嫌がって、避けていた依頼を、受け入れることを選んだらしい。

「ケイガだよ」

少女が名乗り、微笑んだ。



//////////////////////////////////



まつり、とか慶賀とか、めでたい名前にしたかったんですよね。

< 7 / 78 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop