俺の世界には、君さえいればいい。
「俺が呼んだんです。帰ろう由比さん」
「あっ、でも櫻井くん…着替えなくちゃ」
「…校内の更衣室つかうんで平気です」
ぐいっと私の手を引いて道場を出る櫻井くん。
そのときマネージャーさんと合わさった目は、ぞくっと背筋が凍ってしまいそうなくらい冷たいもので。
私のことを良くは思われていないんだろう。
櫻井くんもそれを分かっていたから、道場の更衣室を選ばなかった。
「嫌な人でしょ。由比さんに何か仕出かしたら俺が片付けますから」
「そ、そんなことしたら櫻井くんが退部になっちゃう…」
「別にいいんです。先輩たちに入ってくれってお願いされて嫌々入部したし」
剣道なら家でのほうが本格的に稽古できます───と、櫻井くんは付け足した帰り道。
彼は全国大会でも必ず功績を残しているらしく、部員やコーチからも頼りにされる特別な存在。
由比グループとの関わりといえば、櫻井くんがいつも着ている胴着である袴を製作したのは私の家の会社だということ。
「文化祭、由比さんのクラスは何をするんですか?」
「クレープ…作るよ。と言っても私はお片付け係かな…」
「…俺、食べに行ってもいいですか?」
「あ、うん…。でも私は雑用だから作ってあげられないけど…」