ノート
なんだこいつ……
わかったことが、ひとつだけある。
こいつは、俺をさかなでするのが上手い。
「きみからの言葉があれば生きていけそうだ」
俺は、なにもこいつに、そんなこと言ってない気がするが、気のせいだろうか。
「こっちは自殺しそうだよ」とは言わなかった。
自分を見失ったと自覚したら――
鏡の向こう側から自分についての言葉を鏡が否定するのを聞き続けることになる。ナチスドイツの実験に片足をつっこんでしまった。
直感的に、よくないことが起きているのは理解できる。けれど同時に、頭の中に広がるものを他人に口外することにより、さらに被害を拡大する恐れも過る。
自覚したくない。しない方がいいだろう。
認めたときに「お前は誰だ?」と自分の声で聞かされる毎日に陥るのだ。
「で。俺は、何を言ったんすか」
面倒だなぁと思いながら聞く。明るく適当なノリに徹していないと見えない沼に引きずられそうな気がする。
彼は、にやりと口を開いた。
そしてやけに気取った口調で話す。
『心がいたい、けれど、これは、受け入れようとしているからだしまだ頑張らないと、河辺くん』
微妙にアレンジしてあるがノートに書いていた言葉だ、というか、彼は河辺という名前なのだと知った。寒気と、吐き気もした。