跡継ぎを宿すため、俺様御曹司と政略夫婦になりました~年上旦那様のとろけるほど甘い溺愛~
覚悟なんてありません!
「騙したの!?」

「騙したって……人聞きが悪いなあ、愛佳(あいか)

「だって、そうでしょ? 久しぶりにランチを奢ってくれるって言うから来たのに、お見合ってなによ!」

まばらに人のいるホテルのロビーで、感情を押さえられずに思わず声を上げてしまった。それぐらい、この卑怯な仕打ちに我慢ならなかったのだ。

目の前には菩薩顔をしたいかにも人のよさそうな父(しげる)が、額の汗を繰り返し拭いながら必死に私を諫めようとしてくる。その姿が私の怒りをますます助長しているのだと、父は気づいていないだろう。

「おかしいと思ったのよ。たまにはオシャレしておいでっていうのはともかく、なんなら和装でもいいなんて言い出すから。どんだけ高級なお店なのよって、一瞬浮かれた自分が憎いわ」

言い切ると同時に、ダンっと足を踏み鳴らした。

新鮮な高級魚の刺身や黒毛和牛を使った斬新な一品を想像して、思わずにやける顔を引きしめるのだって大変だった。ここへたどり着くまでに無駄に使った顔の筋肉が、今になって疲労を訴えてくるようだ。

「に、憎いって……」

もはや半泣きになっている父は、おたおたと私の言葉を繰り返すだけになっている。大好きな父だが今ばかりは愛情よりもいら立ちが勝り、口調は乱雑になるし睨みつけてしまう。

さすがに慣れない着物では来なかったものの、食事への期待は大きくて、ちょっと畏まった真新しいワンピースを選んできた。
ブラウンに染めたセミロングの髪は、低い位置のルーズシニヨンにしてある。相手が父とはいえ、女心を出してサイドに一束たらした髪を緩く巻いてきた。そのひと手間は、決して見合い相手に少しでもよく見てもらうためなんかじゃないと、声高に主張しておきたい。

せっかくの豪華な食事を自身は都合が悪くてキャンセルしつつ、もったいないからふたりで行っておいでと送り出した母もグルだったのだろうと、今になって気がついた。

「だいたい、『加藤ブランド』はまだまだ巻き返すチャンスがあるのよ。なにも結婚までして他人の手を借りなくとも。ギャラリーだって、これまでとは違ったテイストの作家に声をかけてもいいし。定番商品にしても、デザイナーを変えて作風を一新してもいい」

私の中には、様々な方策が思い浮かんでいる。だから、助けを求めて見合いをする必要などないはずだ。


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